うちの鍋が不味すぎる
冬。普通、団欒など無いに等しい我が家でも、この季節には鍋やチーズフォンデュで食卓を囲む。私はこの冬が好きになれない。
数年前までは割と良好な関係の家族だったはずだ。いやそうでもないか。両親の怒号がたまに聞こえたり、私たち兄弟への体罰だったりもあったが決して不幸せな家庭ではなかったと、今振り返ってみて思う。兄弟間も喧嘩こそあるものの、嫌い合っていたわけではないはずだ。
そんなことを考えながら机の真上の灯りしかついていないリビングで先に席に着いていた母と弟と合流する。
母に促され、鍋に豚肉を入れ、先に入ってた野菜からいただく。豆腐と里芋はまだ煮きれてなかったみたいだ。我が家の方針で食事中テレビはついてないし、会話もない。鍋の温かいグツグツとした音だけが、明らかに気温だけじゃない冷たさを孕んだこの空間に響き渡り、なんとも言えない気持ちになる。
「あのさ、もう一回塾に行きたいんだけど」
来年に大学受験を控えた私は小学校時代からお世話になっていた先生の個別指導塾に再び通わせて欲しいと母に打診した。
「はあ?あんたのせいでどれだけ私が恥かいたと思ってんの?言っとくけど勝(弟)が辞めさせられたのもあんたのせいやけんね」
「はあ?知らねえよ。俺関係ねえだろ!」
「関係ねえわけねえだろ!お前のせいたい!」
弟にも言われる始末。まあその先生に私が迷惑かけたのは事実なんだけど。
「あんたがお金借りたり、泊めさせてもらったり訳分からんことしなければよかったやろ。私も先生から怒られたんよ?」
「俺が追い込まれてる時期に家から追い出したのはあんただろ!」
そこでまた静寂が訪れる。再び鍋に箸をつけ始める。そして心底思った。まっず。いや、もはや味なんて感じてないかもしれない。
「言っとくけど私は絶対頭下げないからね。行きたいならお父さんに言いなさい。今年は勝の受験で余裕なさそうだけど。まあそもそも高校行くか知らんけど。」
次は弟に毒を吐き始めた。弟は県外の高校に行きたいらしいが母と色々トラブってるらしい。
延々と弟の嫌味を言う母とそれを食べながら黙って聞く弟。やがて嫌味を言い切ったのか母の癇癪が収まると弟は「ご馳走様」とだけいい食器をシンクへと運ぶ。私もこの気を逃すまいと手を合わせ食器を持ち上げる。
母からただ一言「薬」と言われ、内心溜息をつきながら3、4種類くらいの薬を流し込みすぐさま階段を上る。相変わらず一階の電気はリビングの机の真上のしかついてなかった。
蹴破られた弟の部屋のドアを横目に自分の部屋に入る。安心安全な自分の領土ですぐさまスマホを開きメモ代わりの一人グループLINEにこう書く。
---うちの鍋が不味すぎる---