表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

アダ名宇宙人とマジモン宇宙人

_人人人人人人_

> 登場人物 <

 ̄Y^Y^Y^Y^Y ̄


■星崎

理屈っぽかったため、アダ名が宇宙人になった中学生


■笹川ひかる

素で宇宙人的な言動を取る中学生。星崎を「先輩」と慕う


■乙坂

いたずら好きな同級生


■比古

不良気味同級生。目立たせられなくてごめんね…

 言っておくが、僕は宇宙人じゃない。あれはただのアダ名だ。

 1年生のとき、クラスメイトの乙坂が『宇宙人』というアダ名を広め始めた。

 あれは昼休み、僕が気持ちよく『新科学対話』を読んでいたときのこと。

 乙坂が本のタイトルを見て、こう言った。

「それ、化学の本? 星崎は読む必要ないじゃん、さっきのテスト、満点だったし」

 僕はやれやれと言った調子で本を閉じ、

「これは科学全般を扱った本だ。化け学の化学も科学の一部だが、それだけが科学じゃない。

 僕が満点を取ったテストは主に化学の問題が出ていたが、科学にはまだまだ広大な世界が……」

「何言ってるかわかんない」

 まあ確かに、化学と科学は音にすると同じなので、ややこしかったのは認めよう。

 しかし、だからといって、僕を宇宙人呼ばわりするのはどうかと思う。

 そして乙坂が僕を『宇宙人』だと言ったとき、クラスの大半がそれを受け入れてしまった。

 その日から僕は『宇宙人』になった。地球には侵略の予行演習に来ているという設定だ。


*


 いつも疲れた顔の担任の教師が、黒板にヘナヘナの文字で、『笹川 ひかる』と書いた。

「ええと、本日からみなさんのクラスメイトになる、笹川ひかるさんです。それでは、一言、どうぞ」

 新品の制服に身を包み、髪も切りそろえた笹川は、担任とは対照的に元気よく挨拶した。

「はい。アルファ・ケンタウリの第2惑星から来ました、笹川ひかるです。よろしくお願いします」

 教室が静まり返った。どう反応していいか分からないので、最初にリアクションを取った人に続こうと考えているのだ。

「アルファ・ケンタウリって、どこ?」

 乙坂が口にした疑問を、笹川が拾った。

「アルファ・ケンタウリは、地球から約4光年の距離にあります。ここからは見えないみたいで、残念です」

「はいはーい、どうやって日本まで来たんですか~?」

 不良グループの比古が、からかうように質問した。

「空間を歪めました」

 笹川は笑顔を崩さず答えた。

 教室が再び静まった。僕は最後尾から、手を上げて質問した。

「なんのために、日本に来て中学生をやろうと?」

 笹川は僕の質問に、少し考えた後で答えた。

「地球の興味深い文化を学ぶためです。日本を含め、古い文化の残る土地に我々は興味を持ち、転校生を送っています」

「ええと、笹川さんの席は、さきほど出しておいたから。みなさん、笹川さんと仲良く」

 担任が話を打ち切り、授業が始まった。

 しかしだいたいの生徒が上の空だったと言える。


*


 笹川は、僕の隣の席に座った。つまり最後尾仲間だ。

「聞きましたよ、星崎さん」

 笹川は、僕の名前を呼んだ。

「あなたは宇宙人と呼ばれているようですね。つまり、地球外から来た人を地球人から見た呼び名ですね」

「呼ばれてはいるけど……」

 僕は戸惑った。

「そうそう、『宇宙人』にいろいろ教えてもらいなよ、笹川さん」

 乙坂が横から口を出した。

「さきほども話したように、私は地球に、文化の勉強をしに来ました。星崎さんもまた、そのような目的でこの青い星に来られたのですか?」

「『侵略の予行演習』のためだよな」

 比古は意外と僕の設定を覚えていた。

「いや、俺は根っからの地球人だから。宇宙人は、アダ名」

 僕はようやく否定できた。

「そう言ってごまかさないと、NASAがしつこいらしいんだ」

 乙坂が言った。

「NASAとは米国の宇宙機関ですね」

「日本なら、JAXAだろ」

 僕がツッコミを入れると、

「ほら、詳しい! やっぱり宇宙人の先輩は違うね!」

 乙坂がまた何か新しいからかいを始めた。

 笹川は、目をキラキラさせて、

「確かに星崎さんは、宇宙人の先輩に当たります。根っからの地球人だというほどに、この星に溶け込んでいるのですね」

 僕は否定するのが面倒になってきた。


*


 それから僕の『先輩』ライフが始まった。

 笹川の持ってくる突拍子もない疑問に、答えるのが主な役割だ。

「それで、ゴミ捨て場を探したところ、こんな雑誌を見つけました。これは、地球人の服装カタログですか?」

 笹川は、『週刊少年ジャンプ』を手にして、僕に尋ねた。

 そのカラーのページには、おなじみのZ戦士たちが、いつものようにポーズを決めていた。

「いや、これはカタログじゃない。漫画だ。フィクションだ。

 地球人は、こんな格好をしない。だいたい、孫悟空も地球人じゃない」

 僕は、『ドラゴンボール』の主人公の名前を言ったが、当然のように笹川は知らなかった。

「質問がいくつかあります。まず、この漫画? は、宇宙人が主人公なのですか?」

「そうだ」

「そして、その名前が孫悟空……、これは矛盾ではないですか?」

「いや、孫悟空は地球での名前で、本名はカカロットだ」

「なるほど。で、漫画とは絵と文字で記録する種類のメディアだと思うのですが」

「それは合ってる」

「記録に宇宙人が登場するほどに、宇宙人はポピュラーな存在なのですか?」

 僕は泥沼にハマったような気がした。

「いや、さっきも言ったように、これはフィクションだから」

「フィクションとは、どういう意味ですか?」

「そこかい」

 僕は国語の教科書を取り出した。

「ここに載っているような話もだいたいフィクションだ。つまり、事実ではない話を、想像で作り上げたものだ」

「想像で……、無から……」

 笹川はカルチャーショックを受けた顔をした。

「しばらく、考えさせてください。今の情報を整理したいので」

 そう言うと、笹川はスマホに向かって、何かを打ち込み始めた。

「宇宙人のお二人さん」

 乙坂が、僕と笹川に声をかけた。

「なんだ? 僕は宇宙人じゃないが」

「こういうのやってるみたいなんだけど、どう? 笹川ちゃんにも参考になるかと思って」

 乙坂は、スマホの画面を見せた。

「市民文化センター開催、地元作家の展示会」

「どういった催しですか?」

 もう復活した笹川が、乙坂に尋ねた。

「地元の作家が、絵を描いて、それを展示するんだよ」

「へええ」

 笹川が目を輝かせた。

「それはこのような画風ですか?」

 彼女は拾ってきた雑誌を見せた。

「いや、これは漫画独自の画風だから」

「文化は複雑ですね……、ぜひ、行ってみたいです」

 乙坂は調子良く、

「じゃあ、チケット取っておくね。当日は星崎が案内してくれるから」

 僕は笹川が『チケット』をGoogle検索している間に、乙坂を問い詰めた。

「なんで俺が案内するんだよ」

「考えてご覧なさい」

 乙坂は人の悪い笑みを作った。

「『宇宙人』星崎にとって、千載一遇のチャンスだよ。私は、あなたのために言ってるの」

「チャンスって一体……」

「あんなかわいい子が懐いてくれるなんて、星崎の一生にはもう一度も無いよ」

 乙坂はきっぱりと言い切った。

「かわいいとか、そういうのよりまず、宇宙人じゃん、あの子」

「人は出自では無いよ、星崎。顔よ、顔。私が言うんだから間違いない」

 乙坂は、自分の顔を指差した。


*


 そして当日、僕は笹川と、文化センターの横にある公園で待ち合わせた。

「こんにちは、星崎さん」

 笹川が、いつものように元気よく挨拶してきた。違うのは、格好だけだ。

 いつもは制服の笹川だが、今日は、黒いイブニングドレスを着ていた。

「……こんにちは。いったい、その格好は?」

「ドレスコードがあるような気がしたので」

「ドレスコードってそういう意味じゃないし、そもそもドレスコードなんてない」

「あれ、検索に失敗したかな?」

 何を見てそうなったのかわからないが、とにかく文化センターに向かうことにした。

 笹川はしゃなりしゃなりと器用に歩く。地球に慣れているのか慣れていないのか分からない。

 そして、やっぱりかわいい子ではあるのだと、乙坂の言葉を思い出した。

 文化センターのホール内では、地元ゆかりの作家たちが、順々に作品を展示していた。

 笹川は熱心に作品を見つめている。

 見ると、難解そうな現代美術風の絵だった。

「これは」

 笹川が、一枚の絵を指差した。馬が空を飛び、魚が地面を歩いている。

「これはシュールレアリスムの一種だな、たぶん。

 シュールレアリスムは、現実にはありえない絵を描くことで、想像力を刺激するタイプの絵だ」

 僕は言葉を選びながら説明した。

「なるほど、では画家は実際に馬が空を飛ぶところを見たわけではなく、想像で描いたのですね」

「そういうこと」

「ではこれは」

 笹川は次の絵を指さした。次の絵は場違いにも展示されている、裸婦画だった。

「画家は実際に女性を見て描いたわけではなく、想像で描いたということですね!」

「待て、待て待て」

 笹川と話していると、僕の頭のほうが混乱してくる。

「これはシュールレアリスムではなくて、現実にあるモチーフを描いただけだと思う。モデルさんに頼んで描いたんじゃないかな」

「ほほう。つまりこの作者は、想像で女性の裸を作り上げたのではなく、頼み込んで……」

「次の絵に行こう」

 僕は、笹川の話を遮った。

 次の絵は風景画だ。特に変哲のない山と山の木々が、微細なタッチで描かれている。

「綺麗です……」

 笹川は、絵に見入っていた。

「私は、地球に来てよかったと思います」

 彼女は、そう言った。僕は違うことを考えていた。


*


 やっぱりイブニングドレスには無理があった。

 笹川はドレスの裾を踏んだ。

 思いっきり前方へ転倒。

 そして間の悪いことに、ちょうどジュースを手に持っていた。

「あ、あ、ああ」

 ジュースは怖そうなおじさんの服にかかってしまった。

 おじさんは笑みを浮かべた。

「大丈夫かな、小さなレディ」

 おじさんは、笹川の手を取って立たせた。

「すみません、ジュースがかかってしまいました」

 笹川は頭を下げた。

「私のスーツと同じくらい、君の服も高そうだ」

 おじさんは笑った。

「しかしながら、ジュースはネクタイにもかかってしまったか。これは一品物でね。クリーニングで落ちるといいが」

 おじさんは、ジュースをかけられたネクタイを見つめた。昇り龍が描かれたデザインは、確かに高そうだ。

「クリーニング代を払わせてください」

「うん、『まずは』クリーニング代だな。それでも落ちなかったら、そのときは……、親御さんに連絡は取れるかい」

 笹川はこんなときでも笹川だった。

「私の親は、宇宙空間に住んでいます。すぐには連絡は取れません」

 おじさんの表情が変わった。

「私がおだやかに対応しているうちに、本当のことを言ったほうがいいよ」

「本当なんです、アルファ・ケンタウリに住んでいます。連絡には最短で8年かかります」

 僕はといえば、どうしていいか分からずにいた。

 おじさんは深い溜息をついた。

「残念だよ、穏便に済ませようと思ったのに、君がそんな態度を取るとは」

 おじさんが携帯電話を取り出した。どこに連絡するのか分からないが、とてもまずいことになるのは確かだ。

 僕はこれを最後のチャンスととらえ、笹川の手を引いて全速力で走った。

「あっ、待て! 嘘つきめ!」

 おじさんの叫びをあとに、僕たちは文化センターの外に出た。


*


 といっても笹川の格好は目立つ。そのぶん、僕らは相当に離れたところまで走らなければならなかった。

 文化センターの横にあったのとは、別の公園にたどり着いた。

 僕は笹川をブランコに座らせた。

「私は嘘をついていません。私は宇宙人で、元々はアルファ・ケンタウリにいました」

 笹川の頬を、涙が伝った。

「地球の文化に興味がありました。素晴らしい景色、素敵な文化、優しい人々……、今日悪かったのは私で、あの方は悪くありませんでした」

 ブランコの鎖がきしんだ。笹川が、拳で握りしめていたのだった。

「本当のことを言えば、信じない人もいる」

 僕は笹川に言った。

「哲学者のカントは、友人を狙う殺人鬼に対しても嘘をつくなと言った。極端だけど、説得力はあった……、でも、僕たちはカントほどには強くない。

 嘘をつくことは、必ずしも最悪なことではないよ」

「この場合、『地球人のフリ』をすれば良かったということですね」

 笹川はため息をついた。

「その通り。そうすれば、クリーニング代だけで済んだ可能性が高い」

「コミュニケーションは、難しいですね。

 分かりました。今後は時宜を見極めて、嘘をつくことも検討に入れます」

 ようやく笑顔が見れた。僕はだいぶほっとした。

「それにしても」

 笹川は、ブランコから降りた。

「今日の星崎さんは、格好良かったです。これからも、宇宙人の先輩として、よろしくお願いします」

「ありがとう。まあ、ほどほどにやるよ」

 とか言ってる僕自身が嘘をついている問題は、早めになんとかしないといけないだろう。

 嘘というか、アダ名というか。大体乙坂が悪い気がするが、それにしても。

 本気でどうにかしたいと思うんだ。

「それでは」

 と笹川は帰りかけた。

「いや待って、さっきの人がまだ探しているかもしれない。一緒に帰ったほうが……」

「大丈夫です。今日は、宇宙船で帰りますから」

 そう言って笑った笹川を、異常なほど眩しい光が包んだ。

 光に包まれた笹川は、地面から浮き上がり、しずしずと空へと昇っていった。

「また明日、学校で。星崎さんも帰りは気をつけてください」

 笹川の声が、光の中から聞こえてきた。

 そして光は消え、残された僕は、ただただ呆然としていた。

「マジモンかよ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] あだ名宇宙人の星崎くんとリアル宇宙人の笹川さんのやりとりにほっこりさせて頂きました(´ω`*) 周囲のクラスメート達も割とすんなり笹川さんの存在を受け入れていて、なんだかいいクラスですね笑。…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ