アダ名宇宙人とマジモン宇宙人
_人人人人人人_
> 登場人物 <
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■星崎
理屈っぽかったため、アダ名が宇宙人になった中学生
■笹川ひかる
素で宇宙人的な言動を取る中学生。星崎を「先輩」と慕う
■乙坂
いたずら好きな同級生
■比古
不良気味同級生。目立たせられなくてごめんね…
言っておくが、僕は宇宙人じゃない。あれはただのアダ名だ。
1年生のとき、クラスメイトの乙坂が『宇宙人』というアダ名を広め始めた。
あれは昼休み、僕が気持ちよく『新科学対話』を読んでいたときのこと。
乙坂が本のタイトルを見て、こう言った。
「それ、化学の本? 星崎は読む必要ないじゃん、さっきのテスト、満点だったし」
僕はやれやれと言った調子で本を閉じ、
「これは科学全般を扱った本だ。化け学の化学も科学の一部だが、それだけが科学じゃない。
僕が満点を取ったテストは主に化学の問題が出ていたが、科学にはまだまだ広大な世界が……」
「何言ってるかわかんない」
まあ確かに、化学と科学は音にすると同じなので、ややこしかったのは認めよう。
しかし、だからといって、僕を宇宙人呼ばわりするのはどうかと思う。
そして乙坂が僕を『宇宙人』だと言ったとき、クラスの大半がそれを受け入れてしまった。
その日から僕は『宇宙人』になった。地球には侵略の予行演習に来ているという設定だ。
*
いつも疲れた顔の担任の教師が、黒板にヘナヘナの文字で、『笹川 ひかる』と書いた。
「ええと、本日からみなさんのクラスメイトになる、笹川ひかるさんです。それでは、一言、どうぞ」
新品の制服に身を包み、髪も切りそろえた笹川は、担任とは対照的に元気よく挨拶した。
「はい。アルファ・ケンタウリの第2惑星から来ました、笹川ひかるです。よろしくお願いします」
教室が静まり返った。どう反応していいか分からないので、最初にリアクションを取った人に続こうと考えているのだ。
「アルファ・ケンタウリって、どこ?」
乙坂が口にした疑問を、笹川が拾った。
「アルファ・ケンタウリは、地球から約4光年の距離にあります。ここからは見えないみたいで、残念です」
「はいはーい、どうやって日本まで来たんですか~?」
不良グループの比古が、からかうように質問した。
「空間を歪めました」
笹川は笑顔を崩さず答えた。
教室が再び静まった。僕は最後尾から、手を上げて質問した。
「なんのために、日本に来て中学生をやろうと?」
笹川は僕の質問に、少し考えた後で答えた。
「地球の興味深い文化を学ぶためです。日本を含め、古い文化の残る土地に我々は興味を持ち、転校生を送っています」
「ええと、笹川さんの席は、さきほど出しておいたから。みなさん、笹川さんと仲良く」
担任が話を打ち切り、授業が始まった。
しかしだいたいの生徒が上の空だったと言える。
*
笹川は、僕の隣の席に座った。つまり最後尾仲間だ。
「聞きましたよ、星崎さん」
笹川は、僕の名前を呼んだ。
「あなたは宇宙人と呼ばれているようですね。つまり、地球外から来た人を地球人から見た呼び名ですね」
「呼ばれてはいるけど……」
僕は戸惑った。
「そうそう、『宇宙人』にいろいろ教えてもらいなよ、笹川さん」
乙坂が横から口を出した。
「さきほども話したように、私は地球に、文化の勉強をしに来ました。星崎さんもまた、そのような目的でこの青い星に来られたのですか?」
「『侵略の予行演習』のためだよな」
比古は意外と僕の設定を覚えていた。
「いや、俺は根っからの地球人だから。宇宙人は、アダ名」
僕はようやく否定できた。
「そう言ってごまかさないと、NASAがしつこいらしいんだ」
乙坂が言った。
「NASAとは米国の宇宙機関ですね」
「日本なら、JAXAだろ」
僕がツッコミを入れると、
「ほら、詳しい! やっぱり宇宙人の先輩は違うね!」
乙坂がまた何か新しいからかいを始めた。
笹川は、目をキラキラさせて、
「確かに星崎さんは、宇宙人の先輩に当たります。根っからの地球人だというほどに、この星に溶け込んでいるのですね」
僕は否定するのが面倒になってきた。
*
それから僕の『先輩』ライフが始まった。
笹川の持ってくる突拍子もない疑問に、答えるのが主な役割だ。
「それで、ゴミ捨て場を探したところ、こんな雑誌を見つけました。これは、地球人の服装カタログですか?」
笹川は、『週刊少年ジャンプ』を手にして、僕に尋ねた。
そのカラーのページには、おなじみのZ戦士たちが、いつものようにポーズを決めていた。
「いや、これはカタログじゃない。漫画だ。フィクションだ。
地球人は、こんな格好をしない。だいたい、孫悟空も地球人じゃない」
僕は、『ドラゴンボール』の主人公の名前を言ったが、当然のように笹川は知らなかった。
「質問がいくつかあります。まず、この漫画? は、宇宙人が主人公なのですか?」
「そうだ」
「そして、その名前が孫悟空……、これは矛盾ではないですか?」
「いや、孫悟空は地球での名前で、本名はカカロットだ」
「なるほど。で、漫画とは絵と文字で記録する種類のメディアだと思うのですが」
「それは合ってる」
「記録に宇宙人が登場するほどに、宇宙人はポピュラーな存在なのですか?」
僕は泥沼にハマったような気がした。
「いや、さっきも言ったように、これはフィクションだから」
「フィクションとは、どういう意味ですか?」
「そこかい」
僕は国語の教科書を取り出した。
「ここに載っているような話もだいたいフィクションだ。つまり、事実ではない話を、想像で作り上げたものだ」
「想像で……、無から……」
笹川はカルチャーショックを受けた顔をした。
「しばらく、考えさせてください。今の情報を整理したいので」
そう言うと、笹川はスマホに向かって、何かを打ち込み始めた。
「宇宙人のお二人さん」
乙坂が、僕と笹川に声をかけた。
「なんだ? 僕は宇宙人じゃないが」
「こういうのやってるみたいなんだけど、どう? 笹川ちゃんにも参考になるかと思って」
乙坂は、スマホの画面を見せた。
「市民文化センター開催、地元作家の展示会」
「どういった催しですか?」
もう復活した笹川が、乙坂に尋ねた。
「地元の作家が、絵を描いて、それを展示するんだよ」
「へええ」
笹川が目を輝かせた。
「それはこのような画風ですか?」
彼女は拾ってきた雑誌を見せた。
「いや、これは漫画独自の画風だから」
「文化は複雑ですね……、ぜひ、行ってみたいです」
乙坂は調子良く、
「じゃあ、チケット取っておくね。当日は星崎が案内してくれるから」
僕は笹川が『チケット』をGoogle検索している間に、乙坂を問い詰めた。
「なんで俺が案内するんだよ」
「考えてご覧なさい」
乙坂は人の悪い笑みを作った。
「『宇宙人』星崎にとって、千載一遇のチャンスだよ。私は、あなたのために言ってるの」
「チャンスって一体……」
「あんなかわいい子が懐いてくれるなんて、星崎の一生にはもう一度も無いよ」
乙坂はきっぱりと言い切った。
「かわいいとか、そういうのよりまず、宇宙人じゃん、あの子」
「人は出自では無いよ、星崎。顔よ、顔。私が言うんだから間違いない」
乙坂は、自分の顔を指差した。
*
そして当日、僕は笹川と、文化センターの横にある公園で待ち合わせた。
「こんにちは、星崎さん」
笹川が、いつものように元気よく挨拶してきた。違うのは、格好だけだ。
いつもは制服の笹川だが、今日は、黒いイブニングドレスを着ていた。
「……こんにちは。いったい、その格好は?」
「ドレスコードがあるような気がしたので」
「ドレスコードってそういう意味じゃないし、そもそもドレスコードなんてない」
「あれ、検索に失敗したかな?」
何を見てそうなったのかわからないが、とにかく文化センターに向かうことにした。
笹川はしゃなりしゃなりと器用に歩く。地球に慣れているのか慣れていないのか分からない。
そして、やっぱりかわいい子ではあるのだと、乙坂の言葉を思い出した。
文化センターのホール内では、地元ゆかりの作家たちが、順々に作品を展示していた。
笹川は熱心に作品を見つめている。
見ると、難解そうな現代美術風の絵だった。
「これは」
笹川が、一枚の絵を指差した。馬が空を飛び、魚が地面を歩いている。
「これはシュールレアリスムの一種だな、たぶん。
シュールレアリスムは、現実にはありえない絵を描くことで、想像力を刺激するタイプの絵だ」
僕は言葉を選びながら説明した。
「なるほど、では画家は実際に馬が空を飛ぶところを見たわけではなく、想像で描いたのですね」
「そういうこと」
「ではこれは」
笹川は次の絵を指さした。次の絵は場違いにも展示されている、裸婦画だった。
「画家は実際に女性を見て描いたわけではなく、想像で描いたということですね!」
「待て、待て待て」
笹川と話していると、僕の頭のほうが混乱してくる。
「これはシュールレアリスムではなくて、現実にあるモチーフを描いただけだと思う。モデルさんに頼んで描いたんじゃないかな」
「ほほう。つまりこの作者は、想像で女性の裸を作り上げたのではなく、頼み込んで……」
「次の絵に行こう」
僕は、笹川の話を遮った。
次の絵は風景画だ。特に変哲のない山と山の木々が、微細なタッチで描かれている。
「綺麗です……」
笹川は、絵に見入っていた。
「私は、地球に来てよかったと思います」
彼女は、そう言った。僕は違うことを考えていた。
*
やっぱりイブニングドレスには無理があった。
笹川はドレスの裾を踏んだ。
思いっきり前方へ転倒。
そして間の悪いことに、ちょうどジュースを手に持っていた。
「あ、あ、ああ」
ジュースは怖そうなおじさんの服にかかってしまった。
おじさんは笑みを浮かべた。
「大丈夫かな、小さなレディ」
おじさんは、笹川の手を取って立たせた。
「すみません、ジュースがかかってしまいました」
笹川は頭を下げた。
「私のスーツと同じくらい、君の服も高そうだ」
おじさんは笑った。
「しかしながら、ジュースはネクタイにもかかってしまったか。これは一品物でね。クリーニングで落ちるといいが」
おじさんは、ジュースをかけられたネクタイを見つめた。昇り龍が描かれたデザインは、確かに高そうだ。
「クリーニング代を払わせてください」
「うん、『まずは』クリーニング代だな。それでも落ちなかったら、そのときは……、親御さんに連絡は取れるかい」
笹川はこんなときでも笹川だった。
「私の親は、宇宙空間に住んでいます。すぐには連絡は取れません」
おじさんの表情が変わった。
「私がおだやかに対応しているうちに、本当のことを言ったほうがいいよ」
「本当なんです、アルファ・ケンタウリに住んでいます。連絡には最短で8年かかります」
僕はといえば、どうしていいか分からずにいた。
おじさんは深い溜息をついた。
「残念だよ、穏便に済ませようと思ったのに、君がそんな態度を取るとは」
おじさんが携帯電話を取り出した。どこに連絡するのか分からないが、とてもまずいことになるのは確かだ。
僕はこれを最後のチャンスととらえ、笹川の手を引いて全速力で走った。
「あっ、待て! 嘘つきめ!」
おじさんの叫びをあとに、僕たちは文化センターの外に出た。
*
といっても笹川の格好は目立つ。そのぶん、僕らは相当に離れたところまで走らなければならなかった。
文化センターの横にあったのとは、別の公園にたどり着いた。
僕は笹川をブランコに座らせた。
「私は嘘をついていません。私は宇宙人で、元々はアルファ・ケンタウリにいました」
笹川の頬を、涙が伝った。
「地球の文化に興味がありました。素晴らしい景色、素敵な文化、優しい人々……、今日悪かったのは私で、あの方は悪くありませんでした」
ブランコの鎖がきしんだ。笹川が、拳で握りしめていたのだった。
「本当のことを言えば、信じない人もいる」
僕は笹川に言った。
「哲学者のカントは、友人を狙う殺人鬼に対しても嘘をつくなと言った。極端だけど、説得力はあった……、でも、僕たちはカントほどには強くない。
嘘をつくことは、必ずしも最悪なことではないよ」
「この場合、『地球人のフリ』をすれば良かったということですね」
笹川はため息をついた。
「その通り。そうすれば、クリーニング代だけで済んだ可能性が高い」
「コミュニケーションは、難しいですね。
分かりました。今後は時宜を見極めて、嘘をつくことも検討に入れます」
ようやく笑顔が見れた。僕はだいぶほっとした。
「それにしても」
笹川は、ブランコから降りた。
「今日の星崎さんは、格好良かったです。これからも、宇宙人の先輩として、よろしくお願いします」
「ありがとう。まあ、ほどほどにやるよ」
とか言ってる僕自身が嘘をついている問題は、早めになんとかしないといけないだろう。
嘘というか、アダ名というか。大体乙坂が悪い気がするが、それにしても。
本気でどうにかしたいと思うんだ。
「それでは」
と笹川は帰りかけた。
「いや待って、さっきの人がまだ探しているかもしれない。一緒に帰ったほうが……」
「大丈夫です。今日は、宇宙船で帰りますから」
そう言って笑った笹川を、異常なほど眩しい光が包んだ。
光に包まれた笹川は、地面から浮き上がり、しずしずと空へと昇っていった。
「また明日、学校で。星崎さんも帰りは気をつけてください」
笹川の声が、光の中から聞こえてきた。
そして光は消え、残された僕は、ただただ呆然としていた。
「マジモンかよ」