07
「おい、江里子! 分け前はオマエの方が多くていいからさ、ちょっとは分けてくれよ……なっ!? そしたら、こうやって家に押しかけんのも止めるからさ! いいだろ?」
男は敷居を跨いで玄関まで上がり込もうとするが、目の前に玲衣夜が立ち塞がったままのため、その足は止まらざるを得ない。
「おい、邪魔だ。どけよ!」
「遺産があるとして、それを君が譲り受ける権利などないはずだよ?」
「あぁ? 探偵だか何だかしらねーけど、さっきから何なんだよ! テメェには関係ねぇことだろ!」
「そうだねぇ。確かに、遺産についてのことなんて依頼内容には含まれていないし、私には関係のないことだけれど……でもね、彼女のお祖父様が言っているんだよ」
玲衣夜の口から飛び出てきた“お祖父様”というワードに、江里子は俯いていた顔をパッと持ち上げた。
「君のような男に渡す金は鐚一銭たりともないとね」
江里子が戸惑いを顕わにし、瞳を揺らしていることに気づいていない玲衣夜は、掴みかかろうとしてきた男の左手首を軽く捻りあげる。
「いててっ、テメッ、何すんだよ……!」
玲衣夜がその手をパッと離せば、男はチャンスとばかりに右拳を玲衣夜の顔面目掛けて振りかざす。
しかし男の拳が届くよりも早く、玲衣夜はその身をサッと屈め――いつの間にか土間まで下りてきていた悠叶が強烈な蹴りをお見舞いしたことで、一瞬でノックアウトされてしまった。
「うわ、いたそ……」
江里子と共に後ろで様子を見守っていた千晴が、顔を顰めて呟く。
「悠叶、もう少し手加減してあげないと」
「あぁ? ……こんなクズに手加減とか、必要ねーだろ」
玲衣夜が窘めれば、悠叶はフンッとそっぽを向いてしまう。
「全く……けれど、悠叶のおかげで助かったよ」
しかし玲衣夜にお礼の言葉を告げられ、同時に頭を撫でられれば、とても分かりにくいが――悠叶の纏う雰囲気が微かに和らいだ。
素直さという言葉が似合わない男であるため、玲衣夜の手はすぐに振り払っていたのだが、やりとりをバッチリ見ていた千晴は、悠叶が褒められて喜んでいることを察して、微笑ましい気持ちで頬を緩めた。
「っ、ごめんなさい……」
先ほどから口を閉ざし黙っていた江里子が、突然涙を流して謝罪の言葉を口にする。
「実は、私……祖父が遺産を多く持っていることを知って、お金目当てで近づいたんです。もう、先も長くはないって分かっていたので……」
全てを話す気になったらしい江里子は、自身の胸の内に秘めていたのであろう罪悪感を吐露するように、拙くも言葉を並べていく。
「だけど、祖父と話しているうちに……祖父と過ごす穏やかな時間が、楽しくなって……だから、こんな汚い感情で介護を申し出たことが、申し訳なくなって……心苦しくて……でも、何も伝えられないまま、祖父は亡くなって。そうしたら、拳銃の音まで聞こえ始めたから、怖くなって……でも、警察には、行けないって……そう思って……」
黙って話を聞いていた玲衣夜は、ボロボロ泣き続けている江里子を見て――そして、江里子の右隣に視線を向けてから、ふっと柔らかな笑みを浮かべた。
「鈴木さんのお祖父様は……貴女のそんな考えも、初めから全て知っていたと思うよ」
「っ、え……?」
「お祖父様の部屋の、和箪笥の一番上を見てごらん。そこに貴女充ての手紙が入っているはずだからね。お祖父様の遺したお金をどうするかは……それを読んで、貴女が決めるといいよ」
それだけ告げた玲衣夜は、千晴と悠叶に「帰ろうか」と声をかける。
二人共その場で言及するようなことはなく、千晴は江里子に「お邪魔しました」と頭を下げて、三人で江里子の家を出た。
一人残された江里子は、訳も分からぬまま――玲衣夜に言われた通り、祖父の部屋に足を向ける。そして出てきた祖父からの手紙を読んで、また頬を涙で濡らすのだった。
***
悠叶の強烈な蹴りによって伸された男を引きずり、一先ず近くの交番まで届けた玲衣夜たちは、そのまま帰路についていた。
「玲衣さんは、鈴木さんのお祖父さんの声が聴こえてたんだよね? だから手紙の在処も分かったんでしょ?」
「あぁ、そうだよ」
「……お祖父さん、何て言ってたの?」
千晴に問われた玲衣夜は「そうだねぇ……」と勿体ぶるように間を開けてから、クスリと微笑んだ。
「孫という存在は、いつだって、どれだけ大きくなっても可愛いものだっていう……惚気話を聞かされたんだよ」




