08
――何だったんだろう、今の人。何だかすごく……不思議な人だったなぁ。
普段の千晴なら、自ら関わろうとすることのない人種だろう。
けれどあの人は、一緒に居て、話していて、何だかほっと肩の力を抜けるような――自然と空気が心地良いものに変わっていくような。明確に言語化することは難しいが、そんな、不思議な魅力を持った人だった。
玲衣夜の去っていった方を見つめたまま暫く座りこんでいた千晴だったが、ポケットに入れていたスマホが着信を知らせたことでハッと意識を浮上させた。相手は川上くんからで、いつまでたっても戻ってこない千晴を心配しているようだ。
「――うん、ごめんね。直ぐ戻るよ」
通話を切って重たい腰を上げる。川上くんが言うにはこのまま居酒屋を出て、これから二軒目に向かうとのことだ。明日は朝からバイトがあるからと理由をつけて、先に帰らせてもらおうと思案する。
千晴は座敷までの道を歩きながら――頭の片隅には、さきほど会ったばかりの美しい人の顔をちらつかせていた。
――また、会えたらいいな。
告げられた別れの言葉を思い出して、純粋にそんなことを思いながら。辿り着いた個室の障子戸を、千晴はゆっくりと開いた。
この後、千晴を待ち構えていた“とある事件”により、玲衣夜が言っていた言葉が実現することになるだなんて――――当然、この時の千晴は知る由もなかったのだ。




