07
「ねぇねぇ、千晴くんって休みの日とかは何してるの? あ、私はねぇ、料理作るのが趣味なんだぁ」
「……へぇ、そうなんですね」
「今度ウチに遊びにこない? 千晴くんのためなら私、とびきり美味しい料理作っちゃうからさっ」
「えぇと、……まぁ、はい。いつか機会があれば」
千晴の一つ上だと言う先輩は、千晴に身体を密着させながら甘ったるい匂いを漂わせて話しかけてくる。それをさり気なく避けるようにして距離をとりながらも、千晴は上の空で全く別のことを考えていた。
「(早く帰りたいなぁ……というか、明日は朝からバイトを入れてるんだよね。早めに抜けさせてもらえないかな……)」
――頭の中はもう、ただ帰りたいという思いでいっぱいだった。
周囲に目を向けてみれば、とうの男子たちは集められた可愛らしい女の子にデレデレと鼻の下を伸ばしている。とてもじゃないが、男同士、親睦を深められるとは思えない。
先輩からの止まないアプローチを躱して座敷から抜け出してきた千晴は、居酒屋の奥の方にある休憩スペースに入り、ソファに腰掛けた。タイミングよく誰の姿も見当たらなかったため、重たい溜息を吐き出して上半身を脱力する。
そのまま数分ほどぼうっとしていれば――千晴一人だけだった空間に、誰かが入ってきた。目を向ければ、出入り口に立っているのは綺麗な青い髪をした人で。
自身の足元を見ながら歩くその足取りは、どこか覚束ないように見える。
その人はふらつきながらこちらまで歩いてきて、千晴の隣にある空いていたソファに沈みこんだ。視線は依然として足元に向いているため、ここからではその相貌を窺うことは難しそうだが――漂うその雰囲気から、見なくても分かってしまう。
隣に座るこの人が、とても美しい人なのだということが。
静かな沈黙が広がる空間。遠くからは賑やかな笑い声が、微かにだが聞こえてくる。
千晴が再度、ちらりと右隣を見遣れば――不意に顔を持ち上げたその人と、千晴の視線が交錯する。真正面から目にするその美しい相貌に、千晴は時が止まったかのような錯覚にとらわれてしまう。――けれど、そんな衝撃は、ものの数秒であとかたもなく消えてしまった。
「……っ、きもちわるい……吐く……」
「……って、えぇ!? ちょ、大丈夫ですか……!?」
口許を抑えて上半身を丸めるその人は、千晴に言葉を返す余裕もない様子で、「うぅ……」と静かに唸っている。
そんな姿を間近で見てしまえば、具合の悪い人を千晴が放っておけるはずもなくて――それから十分ほど、背中をさすってやったり、店員から貰ってきた水を飲ませてやったりと介抱にあたっていたのだ。
――僕は見ず知らずの人に、何をやってるんだろう。
そんなことを思いながらも、蒼ざめていたその表情がだいぶマシになってきたのを確認して、千晴はホッと安堵の息を漏らした。
「……ふぅ、だいぶ楽になったよ……ありがとう、少年。君は命の恩人だね」
「命の恩人だなんて、そんな大げさな……」
謙遜する千晴に、青い髪をした美しい人は、いやいやと頭を振る。
「何かお礼をしたいんだが……何がいいだろうねぇ……」
「お礼だなんて……そんなものいりませんから。本当に気にしないでください」
「うむ……」
暫し千晴の顔をまじまじと見て思案していた様子だったが、何か妙案が浮かんだのが、ぽん、と手を叩いて微笑んだ。
「それじゃあこうしよう。次に会えた時――君が困っていれば、今度は私が君を助けるよ」
「……え?」
酔いもだいぶ醒めて歩けるまでに回復したらしい青い髪の人――玲衣夜はふらりと立ち上がり、出入り口に向かっていく。
「See you again.――また会おう、少年」
流暢な英語でさらりと別れの挨拶を口にした玲衣夜は、ぼんやりしたままの千晴を置いて、一人休憩スペースを出ていってしまった。




