08
「わっ、玲衣さん!?」
「っ、いきなり何す「――ありがとう」
ソファ前に立ったままの悠叶の腕を引いた玲衣夜は、目の前で床に膝をつく千晴と悠叶、二人にがばりと抱きついた。
驚きを顕わにする千晴と動揺を隠しきれていない様子の悠叶だったが、すぐに離れていった玲衣夜のその表情を見て、動きを止める。
「……ありがとう、千晴、悠叶。私は本当に、いい助手に巡り合えたよ」
春の木漏れ日を詰め込んだような、柔らかな笑顔だ。その瞳は慈愛に満ちていて、千晴と悠叶に優しく降り注ぐ。
「……、だから、助手になった覚えはねぇよ」
「えぇ、いいじゃないか。千晴と悠叶、二人合わせてはるはるコンビなのだからね」
「……っ、ふふ。玲衣さん、その呼び方好きだよね」
「……はぁ。好きにしろ」
諦めたらしい悠叶が溜息を吐き出せば、玲衣夜と千晴は目を合わせてにんまり笑う。
「悠叶が認めたねぇ。ということは……」
「これで悠叶くんも正式に、一ノ瀬探偵事務所の一員ってことだね」
「……ふん」
玲衣夜と千晴の言葉を肯定することも否定することもなく、そっぽを向いてしまった悠叶。――悠叶のこの場合の無言は、肯定の意味だと。そんなこと、玲衣夜と千晴はとっくに知っている。
「よぉし、今日は悠叶の入社祝いだね! 飲み明かすぞ~!」
「はいはい。一応病み上がりなんだから、程々にね」
いつもの賑やかでいて穏やかな空気が、一ノ瀬探偵事務所に流れている。こんな日々がこれからも続いていきますようにと――声には出さずとも、各々が考えていたのだった。
***
食材の片付けを終えた悠叶と千晴がオフイスにやってくる、ほんの少し前。
「……悠斗が高校生だということ、わざと秘密にしていましたね? もしかして……面白がっていたんですか?」
千晴と悠叶が席を外していたタイミングで、玲衣夜が一人呟いた。不貞腐れたように頬をまあるくしていた玲衣夜だったが――しばらくすれば、その顔には穏やかな微笑みが広がる。
「っ、ふふ、確かに。制服姿も様になっていましたからねぇ。……えぇ、大丈夫ですよ。悠叶のことは、任せてください」
優しい目をして力強く頷いた玲衣夜に、今どんな声が聴こえているのか。一体誰と、どのような会話をしているのか。
それが分かるのは、まだまだ先のことになりそうだが――この出会いもまた、玲衣夜を助け、導いてくれる“声”であることには間違いないのだ。




