03
千晴がいなくなったことで、突如として静寂に包まれた室内。玲衣夜はベッドに仰向けで寝ころんだまま、一人天井を見てぼうっと考える。
「……心配を、かけているんだろうな」
あの日、今まで隠してきた秘密を明かしてから――千晴は以前にも増して過保護になった気がする。それは悠叶も同じで、言葉はなくても、気がつけばそばにいてくれることが増えた。――気を、遣わせているのだろう。
いい年をした大人が、前触れもなくポロポロと大粒の涙を流したのだから、優しい二人が気にかけてくれるのは当然のことかもしれないが――あの時のことを思い出しては、玲衣夜は“やってしまった……”と羞恥心にも近い感情でいっぱいになってしまうのだ。
――――あぁ、恥ずかしい。情けない。すべて一人で背負って生きていくと決めていたはずなのに……優しさに甘えて、私はまた、縋ろうとしている。私はなんて――弱いんだろう。
掛け布団を頭まで被った玲衣夜は声にならない声を上げる。
「っ、あぁ~……」
己が普段からだらしのない姿を見せているという自覚はあるが(そしてそれを改善しようとも別に思ってはいないが)……うん、あれはないだろう。年下の前で泣いて、あまつさえ気を遣わせているだなんて。
けれど、自分からその話題に触れるのは何だか気まずくて。まだ少しだけ……怖くて。それを避けるようにして、いつもと変わらぬ態度で接するようにしていたのだ。
普段通りを意識するあまり、逆に不自然に思われていなければいいが――玲衣夜がこんな風に悩んでいることは、多分千晴たちにはバレていないはずだ。
「ううぅ~…」
玲衣夜の呻き声が真っ白なシーツに吸い込まれていく。しばらく一人であの日のことを思い出しては、悶えたり落ち込んだりを繰り返していたのだが――この場にはいるはずのない人物の声が聴こえたことで、その思考回路は完全に停止することになった。
「お前は、一人で何を呻いてるんだ」
――これは霊の声だろうか。いや、それにしては……彼に似すぎている声だ。似すぎているというより、これは最早本人の声に間違いなくて、ということはつまり……。
自分以外誰も居るはずのない空間で、耳に届いた声。パッと掛け布団をめくった玲衣夜は、そこに立っている人物を見て目を見開いた。
「お、理くん? ……どうしてここに?」
混乱する頭で問いかければ、理は玲衣夜の赤く色づいた頬を一瞥してから、フイッと視線をそらした。そして一言も答えることなくキッチンの方に向かっていく。
玲衣夜もその背を追いかけようと起き上がったが「お前は寝てろ」と先手を打たれてしまったため、大人しく布団の中に戻った。
何故ここに理がいるのかとソワソワしていた玲衣夜だったが、それもしばらくすれば治まり、次にやってきたのは眠気だった。布団に入ったままウトウトとしていれば、鼻を擽る美味しそうな匂いが漂ってくる。玲衣夜が薄っすら目を開けば、木製のお盆を持った理が戻ってきたのが見えた。
ベッド脇のサイドテーブルにお盆を置いた理は「これ借りるぞ」とベッド横にチェアを持ってきて腰掛けた。玲衣夜ものろのろとした動作で上体を起こす。
理はそんな玲衣夜の背に無意識に手を添えようとして――けれど玲衣夜も気づかないほどの動きですぐに引っ込めて、コホンと小さな咳払いを落とした。
「杉本くんが作り置いていた卵粥だ。食べられる分だけでいいから、食え」
「……これ、理くんが用意してくれたのかい?」
今事務所にいるのは玲衣夜と理二人だけのはずだ。ということは、これを用意した人物は必然的に理意外にいるはずはないのだが――それが分かった上で、玲衣夜は問いかけていた。理が自分を看病してくれる日がくるだなんて、思ってもみなかったからだ。
「……あぁ。用意したといっても、温めて、切っただけだけどな」
お盆に乗せられているのは、ふんわり湯気の立つ卵粥とグラスに注がれた麦茶、そして食べやすい大きさにカットされた林檎だった。
理に促されるままに手を伸ばそうとした玲衣夜だったが、その前に気になるもう一つのことを確かめようと、理の目をまっすぐ見つめる。
「けれど、何故理くんがここに?」
「……。……事件の捜査依頼だ」
「そうなのかい? けれど……家に林檎はなかったはずだから、これは理くんが買ってきてくれたものだろう? ということは、私が寝込んでいると分かった上で見舞いにきてくれたんじゃないのかい?」
「……」
問いかけていながらも、確信を持った言い方をする玲衣夜。数秒黙り込んでいた理は、渋々といった様子で訳を話してくれる。




