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「此処は、圭太くんたちにとって思い出の場所だったんだね」
圭太と父親が帰っていき、此処に残るのは玲衣夜と千晴、悠叶と理の四人だけになった。その場に屈みこんだ玲衣夜は、落ちていた小さなシーグラスの欠片を拾い上げる。
「あぁ、そうだね。圭太くんにこの場所を教えてもらった時から、もしかしてと思っていたんだよ」
「だが……どうしてそれが、怪奇現象の謎につながったんだ?」
「小林さんが言っていた光の正体。それが、このシーグラスだと気づいたからだよ」
玲衣夜は親指と人差し指で摘まみ上げたシーグラスを掲げて見せた。夕陽と海に反射して、きらりと眩い光を放っている。
「つまり怪奇現象の正体は……母親がシーグラスを拾い集めていたから、とでも言いたいのか?」
「……」
「さっきのブレスレットも……人目に付かない場所に隠すようにして置かれていただろう。それなのにお前は、迷うことなくブレスレットの在り処に辿り着いた」
理の追及するような物言いに、玲衣夜は暫し逡巡して――どこか力ない、ぎこちない笑みを見せた。
「……ふふ、潮時かもね」
くるりと回って、理たち三人に向き合った玲衣夜。緊張しているのか、その顔はどことなく強張っているように感じられる。
「聴こえたから、だよ」
「聴こえたって……何がだよ」
今度は、悠叶が問いかけた。玲衣夜は冗談めいた口調で、けれどその目には真剣みを帯びたまま、その答えを口にする。
「私はねぇ、……亡くなった人たちの声を、聴くことができるんだよ」
「亡くなった人たちの声を?」
「あぁ、そうだよ。生まれつきではなく、子どもの頃に突然聴こえるようになったのさ。これが元々の体質なのか、それとも……。まぁ、聴こえるようになった理由までは分からないんだけれど、ね」
千晴たちに向いていた視線は、徐々に下へと逸れていく。最終的には斜め下を向いたまま、最後まで伝えたいことを言いきった玲衣夜は、自身の掌を痛いくらいにぎゅっと握りしめた。
――怖いのだ。冗談だと笑われるだけならまだいい。けれど、もし……もし、白い目で見られてしまったら。軽蔑した目を、猜疑心に満ちた目を向けられてしまったら……。彼らに恐れられ、嫌われてしまうことを、玲衣夜は恐れているのだ。
ほんの数秒ほどだろう。玲衣夜にとったら何十秒にも感じた沈黙は、千晴の声でやぶられる。
「まぁ、僕は薄々気づいてたけどね」
「……え。そう、なのかい?」
あっけらかんとした口調で言い放った千晴に、玲衣夜は目を丸める。
「そりゃそうだよ。玲衣さん、現場に行く度に遺体のそばに近づいては、いつも一人で話してるんだから」
「それは……まぁ、そうだったかもしれないけれど……」
「初めは具合でも悪いのかなとか、正直心配してたんだけど……玲衣さんの話す声とか表情とか見て、きっと誰かと会話してるんだろうなって思ったんだ」
「けれど……そんなの、私が嘘を吐いている可能性だって……」
言い淀む玲衣夜の顔を覗き込んだ千晴は、ニッと笑って玲衣夜の鼻にちょん、と人差し指で触れた。
「それに、最初に僕のことを信じてくれたのは玲衣さんでしょ。――僕は玲衣さんの言葉、信じるよ」
ヒュッと、小さく息をのんだ玲衣夜。おそるおそる顔を持ち上げれば、今度は目の前に悠叶がいた。
「つーか、何だよその辛気くせー顔。……霊と話せるから何だっつーんだ」
「え、いや……。気味が悪いとか……思わないのかい?」
「あ? ……オマエなんて、初めから気味が悪いやつだったろ。霊と話せるくらいで、今更何とも思わねぇよ」
フン、とそっぽを向く悠叶。想像していた反応とは正反対のものばかり返ってくるものだから、玲衣夜はいつもの笑顔も忘れて、その瞳を戸惑いで揺らしている。
「……なるほどな。お前の奇想天外な行動にも、これで納得がいった」
顎下に手を当てた理は、事件を解明した後のようにすっきりした顔をしている。
「理くんまで、信じたっていうのかい? ……今の話を」
震える声で問う玲衣夜に、理は考える間もなく頷いた。
「お前はくだらない嘘を吐くようなやつじゃないだろう」
「で、でも、理くん、幽霊なんて非科学的なものは信じていないって……前に言っていたじゃないか……」
「あぁ。幽霊なんて信じてはいない、が……お前がそう言うなら、本当に実在するんだろう。……お前の言葉は、信じられる」
普通なら、何を馬鹿なことを言ってるんだ、と一蹴されてしまいそうな話を――当たり前のように受け入れて、信じてくれる三人。
玲衣夜の飴色の瞳から、ポロポロと、堪えきれなかった涙の雫が零れ落ちていく。
「なっ……」
「れ……」
「……」
そして、そんな玲衣夜の涙を見て、言葉を発することもできずに固まってしまった男三人。
暫く玲衣夜の静かな泣き声とさざ波の音だけがこの場に反響していたのだが、いちばん初めに復活したのは千晴だった。
「れ、玲衣さん、泣かないでよ……」
瞬時に玲衣夜のそばに行き、ポケットから出したハンカチでその涙を拭っている。それでも玲衣夜の涙は止まることなく、小さく嗚咽しながらその細い肩を震わせていて。
「……泣くな」
次に復活したのは、悠叶だった。玲衣夜のそばまで歩み寄ると、いささか乱暴にその頭を引き寄せ、抱きしめるような形をとった。
そしてそんな悠叶の姿を目にし、ようやく飛んでいた意識を取り戻したらしい理。切れ長の目でギッと悠叶を射抜いて、玲衣夜から悠叶を引きはがす。
「……抱きしめる必要はないだろう」
「あ? お前に指図されるいわれはねーよ。それに……こいつが泣いたのに動揺して、石みてーに固まってたやつに言われたくねーんだけど」
「っ、それはそっちにも言えることだからな……!」
「あ~、もう! 二人共こんな時まで言い合いなんてしないでよ……!」
本日三度目の睨み合いだ。この二人は顔を突き合わせればどうしてこうなってしまうのかと、千晴が頭を抱えそうになれば――。
「っ、ふふ……」
――玲衣夜が、笑った。その目尻には依然として涙を浮かべながらも、口許を緩めて、ふにゃりとした顔で笑っている。
「喧嘩するほど仲が良いとは、このことだねぇ」
「「……仲良くない(ねぇよ)」」
「ふ、ふふ……」
綺麗にハモった理と悠叶に、玲衣夜はまたおかしそうに笑う。




