09
――逃走した男が立ち止まったのは、砂浜から続く石段を登った先、海岸通りの塗装された道路上だった。
男の背後にはガードレール。その向こうは青い海が広がっている。ここから水面まで五メートル近くはあるだろう。
暴れる圭太を地面に投げ出した男は、勢いのままに尻餅をついた圭太を見下ろしている。かと思えばその手首を掴んで無理矢理立ち上がらせた。
「はぁ、はぁ……せっかく間近でリオネたんを撮影するチャンスだったのに……っ、オマエのせいで台無しじゃないか! リオネたんに嫌われたらどうしてくれるんだ!」
走って乱れた呼吸を整えながら、荒い息を吐き出している男。
間近でギロリと見下ろされた圭太は、その視線に、暴れるのを止めて硬直してしまった。今になって、恐怖心に苛まれているのだろう。
けれど自身は間違ったことは言っていないと――声を上げずとも、尚も男を睨み上げて気丈に振舞っている。
「っ、その目、ムカつくんだよ……!」
男が一歩後退すれば、圭太も引きずられるようにしてガードレールに近づいていく。その際――男の手に、圭太の手首につけられたブレスレットが触れた。
「……何だこれ」
「か、返せよ!」
貝殻と緑色のシーグラスで作られた、美しいブレスレット。圭太の手首からそれを奪い取った男は、眼前に持ってきたブレスレットを見て――小馬鹿にしたように、鼻で笑った。
「ハッ、ガキが作ったおもちゃかよ」
「っ、それは、母ちゃんが作ってくれた宝物なんだ! 返せよ!」
圭太が右手を上へと伸ばして、男に掴みかかる。よろけた男は、反動で手中のブレスレットを手放してしまう。――思い出が詰まったブレスレットが、空に投げ出された。
そこにちょうど駆けつけた玲衣夜には、その光景がスローモーションのように映った。光に反射して、きらりと輝くブレスレット。――その煌めきに手を伸ばすようにして、玲衣夜は海へと飛び込んだ。
「っ、ばっ…」
――あの馬鹿が‼
ようやく追いついた理は、海へと身を投げ出した玲衣夜の姿を見て、声にならない罵声を浴びせた。
へたり込んでいる男の隣まで駆けよって海面を見下ろせば、そこにはターコイズブルーの髪色がはっきりと認識できる。しかし――何だか様子がおかしい。
「ねっ、姉ちゃん、大丈夫かな?」
今にも泣きだしそうな顔で理を見上げる圭太。安心させるようにその頭を一撫でした理は、再度真下に視線を移す。
――あいつ、何やってるんだ?
その姿ははっきりと認識できるものの、不自然な水しぶきが上がっているだけで、玲衣夜が海面から顔を上げる様子はない。
「おい、何やってるんだ! さっさと上がってこい!」
理が声を荒げる。けれどやはり、玲衣夜が海面から顔を上げることはない。それどころか、その身体は少しずつ海に飲みこまれている、ような……。
「っ、一ノ瀬さん! 玲衣さんは……!?」
追いかけてきた千晴が問う。理が目線を海の方へと向ければ、千晴は焦った様子で衝撃の事実を口にした。




