03
「へぇ、まさか理くんもアニメや声優に興味があったなんてねぇ。知らなかったよ」
「……違う。俺はこいつにどうしてもと頼まれたから、仕方なく同行しただけだ」
「あはは……。俺、趣味が合う友だちがほぼいなくて。でもせっかくの推しアニメのイベントだし、誰かと一緒に楽しさを共有したいなって。……あわよくば、一ノ瀬さんにも興味を持ってもらえたら嬉しいなぁ、なんて思ったりしてたんですけど……」
テーブル席に向かい合うようにして腰掛けている二人は、職場では上司と部下という関係だ。部下にあたる山崎の膝上には黒のリュックサックが置かれていて、メッシュポケットの部分にはアニメのキャラクターなのだろうカラフルな缶バッチがたくさん付けられている。
実はかなりのアニメオタクである山崎に誘われて、直属の上司である理も、非番だったためたまには良いだろうと同行したらしい。
話を聞いた千晴は、声には出さずとも内心で意外に思っていた。普段の理を見ていると、興味がないこと関してはにべもなく断っていそうな――プライベートでもクールな対応をとっているのだろうと、そんな印象を抱いていたからだ。
仕事に関しては自身にも他人にも厳しく、それが冷たく思われることも多いが――部下の頼みを聞いて、自身の休みを返上してまで付き合ってあげる優しさも持ち合わせているのだと。意外な一面を知った気分だ。
玲衣夜は理がアニメといった類のものに興味がないなんてことも分かりきった上で問いかけていたようで、理の仏頂面を見て楽しそうに笑っている。
「す、すみません一ノ瀬さん。付き合わせてしまって……」
眉を下げて申し訳なさそうな表情で笑う山崎。そんな山崎の顔を一瞥した理は、一拍置いておもむろに口を開く。
「……別に、お前が気に病む必要はない。興味がなかったというのは事実だが、知らないことに触れることで知見が広がることもあるしな。それに……お前はいつもよくやってくれている。今日は仕事のことは忘れて、存分に楽しめ」
「い、一ノ瀬さん……!」
理の言葉に感極まったらしい山崎は、その目を潤ませて声を上ずらせている。そこに、二人分のお冷を持った玲衣夜が戻ってきた。
会話は玲衣夜の耳にも届いていたようで、丁寧な動作でグラスを置きながら山崎に話しかける。
「うむ、私も好きだよ、“Pirate 's treasure”」
「え!? 玲衣さんも好きなんですか!?」
玲衣夜の言葉に、山崎の顔がぱっと明るくなる。
「あぁ、一期から二期まで全て観たよ。私はエッジが好きだな。あの素直でないところとか、仲間思いなところにもグッとくるよ」
「あぁ、分かります……! いつも喧嘩してばかりのリオネを救いだして共闘するシーンとか、めちゃくちゃ熱いですよね!」
「あぁ、あそこは私もしびれたよ!」
共に話を聞いていた千晴や理のことなどすっかり忘れたかのようにアニメの話で盛り上がってしまった山崎と玲衣夜。
――確かに玲衣さん、そんな名前のアニメ観てたっけ。山崎さんも好きだったなんて知らなかったけど……共通の話題で盛り上がれる人が見つかって、お互い良かったんじゃないかな。
そんな穏やかな気持ちで二人を見守る千晴だったが――それをよく思わない者が、此処には二人いた。
「……おい、いつまでくっちゃべってんだ。まだ仕事があんだろ」
「おい、山崎。上司を放ってお喋りに夢中になるなんて、いい度胸だな」
山崎を鋭い目で見つめる理と、いつからそこにいたのか、玲衣夜の首根っこを掴む悠叶の姿があった。
ほぼ同時に口を開いた二人は、そこでようやく互いの存在に気がついたようだ。揃って不機嫌丸出しの顔をして睨み合っている。
「……何でオマエがここにいんだよ」
「……お前? 前にも言ったが、目上の者に対する口の利き方がなってないんじゃないのか?」
「……アンタに敬う要素なんてねぇだろ」
「はっ、口だけは達者のようだが……反抗的な態度をとって大人の気を引こうとする子どもみたいだな、君は」
「……あ?」
二人の睨み合いに挟まれる形になっている山崎は、理に真っ向から盾つく者がいるなんて――と悠叶に少しの尊敬の念を抱くと同時に、何て怖いもの知らずなのだと恐怖心から顔を蒼くしている。
そして、ある意味、この睨み合いの元凶だともいえる玲衣夜といえば――。
「……私、あっちのお客さんの注文をとってくるよ」
――あ、逃げた。
理たちには聞こえないくらいの声量でそう告げて、即座にこの場からフェイドアウトしていった。このまま此処に居続ければ、面倒なことに巻き込まれると察したのだろう。
――僕もできるなら関わりたくないところだけど……このまま言い合いが発展したらお店にも迷惑をかけちゃうだろうし。
店の奥、にっこり含みのある笑顔でこちらを見つめる小林の視線に気づいてしまった千晴は――はぁ、と小さな溜息を漏らした。
そしてそんな千晴に気づいた山崎は、苦労が絶えない千晴のことを思って、心中で労いの言葉を送ったのだった。




