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「いや~でもほんとに、今回は三人も働き手がきてくれて本っ当に助かってるよ! しかも皆美丈夫ときたもんだ! 予想以上の客足だよ」
「うむ、それはよかったよ。しかし……こうも暑いと、さすがの玲衣さんも限界が近いかな。干からびてしまいそうだよ……」
「な~に言ってんだ! 玲衣さんならまだまだやれんだろ! 報酬はきちんと払うし、夜にはBBQも用意してるからさ! 玲衣さんが喜びそうな美味い酒に摘みも用意してあるんだ! もうひと踏ん張り頑張ってくれよ」
「美味い酒に、お摘みもあるのかい……?」
美味い酒に摘みまであるという魅力的なワードに、玲夜の目に僅かに生気が宿る。
そこまで強いわけでもないが、玲衣夜は酒が好きだ。労働の後の酒はまた格段に美味いだろうと想像して、玲衣夜は重たい腰を上げる。
「……それは頑張らなくてはならないね」
「そうそう、働くもの食うべからず、だしね。はい、これ。四番テーブルの片付けお願いね」
「……うむ」
千晴から台拭きを受け取った玲衣夜は、母親に風呂掃除を頼まれて仕方なく手伝いをする中学生のように、渋々といった様子で店内の方に向かっていく。
「悠叶くんも、はい。三番テーブルにお冷とおしぼりを運んでね」
「……」
「ほら、もう少しで昼休憩だし頑張ろ」
立ち上がった玲衣夜に台拭きを手渡した千晴は、続いて、以前突っ伏したままの悠叶の肩を叩く。
千晴に促されて、渋々――本当に嫌々といった様子で立ち上がった悠叶は、受け取ったトレーを片手に仏頂面のままに客のもとへと歩いていく。
接客をしている立場としてはいささか問題がありそうな表情と態度だが、店主である小林的には「イケメンだから仏頂面も絵になってそれもまた良し!」らしい。
現に悠斗や玲衣夜の顔の良さに釣られるようにして来店する客も、少なからずいるのだ。ナンパされても片や華麗なる無視を決め込み、片やその巧妙な話術で上手いこと躱しているようだが。
「いやぁ~千晴くんは相変わらずの真面目っぷりだねぇ。助かるよ」
「いえいえ、そんなことは。というか……あの二人が不真面目すぎるってだけな気もしますけどね」
「はっはっ、千晴くんも結構言うねぇ。しかし玲衣さん、千晴くんだけに飽き足らず悠叶くんまで捕まえて……玲衣さん、両手に色男じゃないか?」
「色男は悠叶くんだけだと思いますけど……」
「何言ってんだ! 千晴くんだって立派なイケメンじゃないか!」
「そうですか……?」
玲衣夜と悠叶の横に並べばその綺麗すぎる顔立ちゆえ霞んでしまうかもしれないが――小林の言う通り、実際、千晴目当てで来店する女性の姿もちらほら見られるのだ。自身がモテているという自覚のない千晴は、それにさえ全く気づいていないようだが。
「ふっふ、両手に花の私が羨ましいだろう?」
テーブルを片付けて戻ってきた玲衣夜が、千晴の頭をぽんと撫でながら小林に自慢げに言う。
「そりゃあ羨ましくはあるが……俺的には、両手にボインのお姉ちゃんのほうが嬉しいな」
「ふむ、確かに小林さんにはその方がしっくりくるかもね」
「だろう?」
「けれど私的には、小ぶりな胸も有りだと思うけどねぇ」
「まぁそれも一理あるな。恥じらってる姿なんてかなりクるもんがあるしなぁ」
「だろう?」
何故か女性の胸談議に花を咲かせている玲衣夜と小林。――会話の内容が完全におじさんたちのそれである。
おじさん以前に、一応玲衣夜は女性であるはずなのだが……。
二人を放って先に店内に戻った千晴は、空いたテーブルを片付けながら海岸の方に視線を向ける。その風景はまだまだ夏の色を映しているとはいえ、もう八月下旬で海水浴のピークは過ぎたといってもいいだろう。
にもかかわらず、海水浴場は大勢の人で賑わっている。家族連れの姿もちらほら見えるが、客層的には若者の方が多そうだ。
皿を下げて戻った千晴は、簡易キッチンでかき氷にシロップをかけている小林に問いかける。
「それにしても今日は人が多いですよね。此処って、いつもこんなに賑わっているんですか?」
「あぁ、今日はそこでなんかのイベントをやるらしいんだよ」
「イベント?」
「あぁ。ほら、あっちの砂浜に特設ステージができてただろ?」
「……あぁ、確かに。そんなものができてました」
「あそこに、何か有名な声優? だかがくるらしいんだよ」
「ほぅ、声優か」
そばで話を聞いていたらしい玲衣夜の瞳が、きらりと光った。
ゲームが好きなのはもちろん、アニメもジャンル問わず観ているため、知っている声優だったら是非拝見しにいかなければと考えているのだろう。
「すみませ~ん、注文お願いします」
店の奥で談笑していた玲衣夜たちに、新たに来店したらしい客の声がかかる。ちなみに悠叶は客席のそばにいるのだが、扇風機が設置された近くの壁に寄りかかったままで、自ら注文を聞きに行くつもりは皆無のようだ。
「私が行ってくるよ」と注文を聞きにいった玲衣夜を見送り、千晴はまた別のテーブルの後片付けに向かう。
「あ、すみません。注文いいですか?」
テーブルを拭いていた千晴の背後から、声が掛かった。若い男性の声だ。
「はい、ただい、ま……」
振り返った千晴の言葉が途切れた。驚きで目を見開く。
それは相手も同じだったようで、同じように驚いた表情で瞳を瞬いている。
「や、山崎さん?」
「千晴くん?」
「「……どうして此処に?」」




