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霊聴探偵一ノ瀬さんの怪傑推理綺譚(かいけつすいりきたん)  作者: 小花衣いろは
Episode4  Shopping(ショッピング)

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08



 デパートを出た三人はその足でスーパーに立ち寄り、カレーの材料を買い込んで事務所までの帰路を辿っていた。

 時刻はすっかり夕暮れだ。事務所からほど近い距離にある商店街を通れば、時間帯もあってかそこそこの賑わいを見せている。


「あら、玲衣さんじゃないのさ! 今日は寄ってかないのかい?」

「あぁ、またお邪魔させてもらうよ」


「あっ、一ノ瀬さんじゃん! 今日もカッコイイね!」

「ふふ、ありがとう」


「あ、玲衣ちゃんだ~! 千晴くんと、それから……その兄ちゃん、誰?」

「やぁ、こんにちは。彼は新しい従業員だよ」

「従業員ってことは、そいつも探偵なのか? いいなぁ~‼ オレも玲衣ちゃんとこで探偵になりたい!」

「ふふ、そうだねぇ。もう少し大ききくなったら、ね?」

「絶対だぞ! 忘れんなよ!」

「あぁ、分かったよ。気をつけておかえり」


 弁当屋のおばさんから、女子中高生に小学生の男の子まで……玲衣夜が数歩の距離を歩けば、見知った顔に声を掛けられる。最早売れっ子アイドルのような人気ぶりだ。


「……だから、オレは従業員になったつもりは……」


 そんな悠叶の苦言の言葉は、突如響き渡った女性の叫び声にかき消された。

 玲衣夜たちは揃って足を止め、振り返る。


「キャ~! ひったくりよっ! 誰か捕まえて……‼」


 淡い黄色のクラッチバッグを持ったひったくり犯らしき男が、まっすぐにこちらに向かってきていた。


「……オマエ、死神でもついてんじゃねぇのか?」


 前を見据えながら悠叶が放った言葉は、玲衣夜に対してのもので間違いないだろう。千晴や玲衣夜本人から、これまで玲衣夜が遭遇した事件の数々を聞いていたからこそ出てきた言葉だ。

 きょとんを瞳を瞬いた玲衣夜は、しかしすぐに可笑しそうに笑い始める。


「あっはっは、そうかもしれないねぇ」

「……はぁ、笑ってる場合かよ」

「うん。ひったくり犯、まっすぐこっちに向かってきてるけど……大丈夫かな?」


 呑気に会話を続ける二人。心配になった千晴が会話に割り込めば、玲衣夜は余裕のある笑みで力強く頷いた。


「二人は下がっていて」

「っ、そこどけ……‼」


 道のど真ん中に立ち塞がるようにして立つ玲衣夜に、苛立ったらしい男はクラッチバッグを持つ反対の手を振りかざす。


「う~ん、今日はよく殴られそうになる日だねぇ」


 のほほんとした様子でひったくり犯を見つめている玲衣夜。周囲にいた者は固唾をのんでその様子を見守っている。

 速度を落とすことなく突っ込んできたひったくり犯の手首を――玲衣夜が掴んだ。かと思えば、その勢いを殺すことなく男を背負い投げる。


「人の者を許可なく盗むことはいけないことだと、これまで教わってこなかったのかい?」


 仰向けに倒れ込んだひったくり犯は、何が起こったのは現状を把握できていない様子だ。頭上から見下ろした玲衣夜は、優雅に微笑みながらコテンと首を傾げて問いかける。


 そして――周囲で事を見守っていた八百屋と精肉店の主人が、一斉に駆け寄ってきた。男の上に圧し掛かって二人がかりで拘束すれば、ひったくり犯は抵抗する気もなくなったようで、逃走を諦めたようだ。


 「こんなつもりじゃなかったのに……」と静かに項垂れている。警察にはすでに周囲にいた者が連絡したようだし、これで一件落着だろう。

 ひったくりにあった女性は、道端に置かれた鞄を手に取って安堵の息を漏らしている。


「あぁ、良かった、私のカバン……! お兄さん、捕まえてくれてありがとうねぇ」

「玲衣さん、アンタやっぱり凄い人だなぁ」

「いやぁ~見事な一本背負い、しびれたぜ」

「玲衣さん、うちのコロッケ持ってきな!」


 「玲衣さん」「玲衣さん」とあっという間に囲まれてしまった玲衣夜は、一人一人に丁寧に受け答えしている。

 此処の商店街は探偵事務所からほど近い距離にあるということもあって、やはり顔見知りが多いのだ。玲衣夜の元々の人の好さもあるだろうが、その人望の厚さがうかがえる。


「うん、皆が無事で何よりだねぇ」


 輪の中心で笑う玲衣夜を見て、千晴は内心でホッと安堵の息を吐いていた。


「(玲衣さん、今日は野暮用から帰ってきてから何だか元気がないというか……無理して明るく振舞っているような気がしてたけど……うん、大丈夫そうかな)」


 デパートの買い物も玲衣夜が心から楽しんでいることは伝わってきたが、やはりいつもより少しだけ雰囲気が違うのを千晴は感じ取っていたのだ。しかし玲衣夜にそのわけを聞いたところで、上手くはぐらかされることは目に見えていた。だから千晴は、何も言わずに様子を見守っていたのだ。


 目の前で地域の人たちといつも通りに笑い合う玲衣夜を見て、この人にはやっぱり屈託のない笑顔が一番似合うんだよな、なんてしみじみ感じてしまって。――心の内を誰に聞かれたわけでもないのに、少しだけ気恥ずかしく感じてしまった千晴だった。



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