07
あの後、本来の目的である福引を済ませて(――各々三回ずつ回して、結果は二等のコードレス掃除機と三等のスイッチとゲームソフトに、四等の商品券が二枚分、五等のお菓子の詰め合わせ、あとは残念賞のポケットティッシュだった。誰がどれを当てたのかはご想像にお任せしたいと思う)再びショッピングを楽しんだ玲衣夜たち。
玲衣夜からの入社一周年おめでとう記念と称したご褒美で、千晴は料理本を二冊買ってもらった。
「料理本はもちろん構わないけれど……本当にそれだけでいいのかい? 他にも欲しいものがあれば、遠慮せずに言っておくれ」
「ううん、これで十分だよ。ありがとう玲衣さん。あとは帰りに夕飯用の食材を買って帰ろう。悠叶くんも夕飯、食べていくでしょう?」
「……食う」
事務所に入り浸ることの増えた悠叶は、最近では夕飯を共にすることが増えた。玲衣夜と同じく以外にも好き嫌いが多い悠叶に、どうやって苦手なものも食べてもらおうかと頭を悩ませていることも多い千晴。
食材を見ながら悩むその姿は、完全に母親のそれであると玲衣夜は思っていた。口にすれば千晴が拗ねてしまうだろうから、胸中に留めているようだけれど。
「今日は久しぶりに、千晴の作ったカレーが食べたいなぁ」
「ジャガイモがごろごろ入ったやつでしょ? それじゃあ帰りに買って帰ろう」
「ふふ、楽しみだねぇ」
ふんふんと鼻歌を歌い始めた玲衣夜を見て、千晴は口許を緩める。
千晴にとって、元々は玲衣夜の健康面などを心配して始めた料理だったが、自分でも気づかぬうちに料理の奥の深さにハマっていたらしい。趣味としてレパートリーを増やしたいという思いも勿論あるだろう。しかしその根底にはいつだって、玲衣夜に美味しいものを食べてもらいたいという思いがあるのだ。
「悠叶は何にするか決めたかい?」
書店コーナーを出た三人。今度は悠叶の番だと玲衣夜が尋ねる。
「……別に、何もいらねぇ」
「……本当にいいのかい?」
フイッと視線を逸らす悠叶。そしてそんな悠叶の本心を探るように、じっと視線を送り続ける玲衣夜。
「……欲しいもんはねぇ。代わりに……アレ、作れ」
「あれ?」
視線の合わない悠叶を見てから、数秒宙を見て考え込んだ玲衣夜。短い言葉に隠された意味を探っているのだろう。しかしすぐに答えに行き着いたようで、「あぁ」と得心がいったように頷いた。
「わかったよ、ホットケーキだね」
「……」
悠叶の無言は肯定である。
初めて会った日に珍しく玲衣夜自ら腕を振るってご馳走したホットケーキ。共に過ごす時間が増える中で悠叶は甘いものが苦手だということなどとっくに把握していた玲衣夜と千晴だったが――どうやら玲衣夜の作るホットケーキは別らしい。
「玲衣さんの作るホットケーキ、美味しいよね。僕も好きだな」
「本当かい? それは腕によりをかけて作らないとね!」
和やかな雰囲気が漂う二人を横目に見た悠叶は、言葉を返すことなく一人ズンズンと先を進んでいってしまった。その速度はこれまでよりいささか速いように感じる。――恐らく自分で言ったことに照れくさくなってしまったのだろう。
「悠叶は、素直じゃないけれど……とても優しい子ですね」
悠叶の後を追いかけようと足を踏み出した千晴の耳に、玲衣夜の小さな呟き声が聞こえてきた。振り返れば、玲衣夜は悠叶の背を見つめたまま、優しい表情で微笑んでいる。
「玲衣さん、何か言った?」
「……いいや、何でもないよ。さぁ、照れ屋の悠叶を追いかけようか」
ぽん。千晴の頭に手を乗せた玲衣夜は、そっと撫でるようにしてその焦げ茶の髪に触れてから、ゆっくりと歩き出す。――穏やかなその表情は、親が子を思うものに、どこか似ていた。




