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霊聴探偵一ノ瀬さんの怪傑推理綺譚(かいけつすいりきたん)  作者: 小花衣いろは
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06



「……何言ってんだ、オマエ。こんなブスに、オレの方から声掛けるわけねぇだろ」


 本気で意味が分からないといった顔をしている悠叶。この場の気温が急速に下がった気がする。

 悠叶にその気はないのかもしれないが、どう考えても相手を煽っているようにしか聞こえない言葉だ。素直なことは美徳であるのかもしれないが、時にはその言葉が無意識に相手を傷付けてしまうこともある。――要はもう少し言葉を選べという話である。


「ブ、ブスって……」

「っ、てっめぇ……調子に乗ってんじゃねーぞ‼」


 今度こそ本気で泣き出してしまったユミ。逆上したらしい男は、悠叶に今にも掴みかからんばかりの勢いだ。

 周囲にいた客は不穏な気配を察したのだろう、とっくにこの場を離れて、遠巻きにこちらの様子を窺っている。


 ――こんな所で騒ぎを起こすのは、マズいんじゃないのかな。


 ここはデパート内だ。騒ぎを聞きつけた警備員が駆けつけてくるのも時間の問題だろう。喧嘩は得意でないが、ここは止めに入った方がいいだろうと千晴が足を踏み出そうとすれば――それよりも早く、隣にいた人物が動いた。


「まぁまぁ、落ち着いて」


 手を振りかざしていた男の拳を片手で受け止めた玲衣夜は、オレンジ頭の男の肩をぽん、と叩いた。


「確かにそこのお嬢さんは可愛らしいと思うよ。それをブスといった悠叶が、彼女を傷つけてしまったことは事実だ。それについては謝るべきことだろう」

「チッ、だったらさっさと詫びろや!」

「……けれどね、さっき彼女はこう言ったんだ。悠叶の方から声を掛けてきて、乱暴をしようとした、と。……それは事実無根の話さ。嘘を吐いたことに関しては、そこのお嬢さんも謝るべきではないのかな? ほら、喧嘩両成敗というだろう?」


 人のいい笑みを湛えて、提案するように言い放つ玲衣夜。それに対して、向かい合う男の眉間には深い皺が寄っている。


「あぁ? ユミが嘘ついてるって言いてぇのかよ!」


 玲衣夜の発言に苛立ちを隠そうともしない男は、再び拳をふるおうとした。けれどその掌も玲衣夜に難なく掴まれてしまう。


「せっかく可愛らしい彼女さんとの逢瀬を楽しんでいるというのに、こんなことで時間を無駄にしてしまうのは勿体ないと思わないかい? それに……ほら。騒ぎを聞きつけた警備員がくれば、デートどころではなくなってしまうかもしれないよ」


 玲衣夜の言葉でようやく周囲の野次馬に気づいたらしい男は、「チッ」と舌打ちを落として、玲衣夜に捕まれた手を振り払う。


「付き合ってらんねぇぜ。ユミ、行くぞ。……テメェ、今度会ったらただじゃおかねぇからな」

「……」


 最後に悠叶を一睨みしてから、先を歩いて行った男。けれどユミはその場から動くことなく、玲衣夜のことをじっと見つめている。

 熱視線に気づいたらしい玲衣夜は、にこりと微笑んで小首を傾げた。


「可愛らしいお嬢さん、もう嘘を吐いてはいけないよ?」

「は、はい。分かりました」

「うん、いい子だね。――Have a nice day.」


 ひらりと手を振る玲衣夜を、うっとりした目で見つめている。玲衣夜が流暢な英語で囁くようにして告げれば、女の頬はますます色づいた。――これは完全に、玲衣夜にほの字のようだ。好意を寄せる相手に向ける表情をしている。


 別れを告げても立ち去らないユミを不思議そうな顔で見る玲衣夜だったが、自身の後ろを付いてきていないことに気づいたらしい男が戻ってきたことで、ユミは引きずられるようにしてその場から姿を消したのだった。


 ――また一人、無自覚誑かしの被害者を出してしまったと、千晴は内心で項垂れていた。


 今回は事なきを得たけれど、もしあの場でユミが玲衣夜にアプローチでも始めていたものなら、余計に場が拗れていたかもしれないのだ。一ノ瀬玲衣夜、罪な女である。


「……余計なことすんじゃねーよ」

「ん? もしかして私のことを心配してくれたのかい? 悠叶も理くんと同じでツンデレだねぇ」

「……おめでたい頭だな。つーか、あんなおっさんと一緒にすんな」


 千晴の心境など露知らず、玲衣夜と悠叶は砕けた会話を繰り広げていた。


「……つーかオマエ、何で時々英語で話すんだよ」

「ん? あぁ、二年ほど海外に住んでいたんだよ。その時の癖が抜けなくてね」


 自分から聞いておいて然して興味はないのか、悠叶は特に反応を示すことなく気だるげに欠伸を漏らしている。そしてそんな悠叶の反応に、玲衣夜は何故か楽しそうに笑っていて。


「ん? 千晴はどうしたんだい? 何だか疲れたような顔をしているね」

「いや……」


 ――あぁ、自由人が二人に増えたなぁ。


 どこか似た者同士のマイペースな二人を交互に見た千晴は、小さな吐息を漏らした。けれどその顔には、仕方がないなぁとでも言いたげな、優しい微笑みが浮かんでいたのだった。



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