03
それからしばらく、穏やかな沈黙が流れていたのだが――思い出したかのように口を開いた玲衣夜の言葉で、空気は一変する。
「……あぁ、思い出したよ。そういえば悠叶、この前私たちの後をつけてきただろう?」
「……は?」
「悠叶は案外寂しがり屋なんだねぇ。可愛いところもあるじゃないか」
「……何の話してんだ。頭湧いてんのか」
「ふふ、照れなくてもいいさ」
「……おい、いつまでもふざけたこと言ってると、その口塞ぐぞ」
「ふふん、できるものならやってごらんよ」
「……」
無言で立ち上がった悠叶。黙って玲衣夜を睨みつけていたかと思えば、玲衣夜が逃げる間もなく距離を詰め、そのすらりとした身体で玲衣夜に覆い被さってくる。
「どわっ、ちょ、不意打ちは卑怯じゃないか……!」
「うるせぇ。黙ってろ」
「ちょちょちょっ! ……ち、千晴~! 助けておくれ!」
「玲衣さんが悠叶くんのこと、揶揄うのが悪いんでしょ。自業自得だよ」
「そ、そんなっ……!」
悠叶の今にも本気で襲い掛かってきそうなぎらつく目を見て、ようやく状況を理解したらしい玲衣夜。
普段ならば呆れながらも助けてくれるであろう千晴にまで見捨てられてしまったと理解するや否や、玲衣夜の顔が僅かに蒼ざめた。何とかこの窮地を脱しなければと考え、慌てて制止の声を上げる。
「わ、わかったよ悠叶! ちょっと待っておくれ。私はねぇ、これから大事な話をしようと思っていたのだよ……!」
「……何だよ。仕方ねぇから、話くらいは聞いてやる」
近づけていた顔をピタリと止めた悠叶。その距離十数センチといったところだろう。
悠叶の肩をぐいぐい押して起き上がった玲衣夜は、自身のスラックスのポケットに手を入れて何かを取り出そうとしている。
「ほら、さっき山田さんご夫妻に果物を頂いたと言っただろう? その時にねぇ、もう一つ、凄いものを頂いてしまったのだよ」
「凄いもの?」
玲衣夜の言葉に反応を示した千晴。
二人からの視線を受けた玲衣夜は、口角を上げて笑う。
「それはねぇ……、じゃ~ん! これだよ!」
妙な間を空けて勿体ぶるようにした玲衣夜がポケットから取り出したのは、折りたたまれた数枚の紙切れだった。
「デパートの福引券! しかも十枚も! これは引きに行かなければならないだろう?」
ワクワク、ワクワク。期待に満ちた表情。
福引券を手に、子どものように瞳を輝かせている玲衣夜。そう、彼女はこういったイベントごとが好きなのだ。
「早速、これから三人で行こうじゃないか」
「……はぁ、萎えたわ。能天気な奴だな」
興を削がれたらしい悠叶が、玲衣夜の上からどいて定位置のソファに戻っていく。しかし千晴は、テンションの高い玲衣夜に、少しの違和感を感じていた。
いつもの玲衣夜なら、こんな炎天下の中、自ら外に出たいとは言わないだろう。まぁ今回は福引券が手元にあるからという理由があるのかもしれないけれど……それにしても、いつもと雰囲気が違う。どこか空元気のような。……無理して笑っている、ような。
しかし「私は着替えてくるよ」と玲衣夜が部屋を出ていってしまったことで、千晴は結局、その疑問をぶつけることができなかった。




