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霊聴探偵一ノ瀬さんの怪傑推理綺譚(かいけつすいりきたん)  作者: 小花衣いろは
Episode3 Pancake and Stray cat(パンケーキと野良猫)

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09



「やぁ理くん。遅かったねぇ」

「おまえなぁ……あのメールは何だ」

「何だって……そのままの意味だよ? 理くんも分かってきてくれたんじゃないのかい?」

「ここら辺で赤いスポーツカーが停まっているホテルにホシがいるからはやくこいって……ざっくり過ぎるだろ! せめてどこのホテルか確定してから連絡しろ!」

「だけどそれじゃあ間に合わなかったかもしれないだろう? 実際、ホテルに着いてからじゃ連絡する暇もなかったしね。念には念を、だよ。理くん」

「……はぁ」


 重たい溜息を吐き出した理は、玲衣夜の手によって縄でぐるぐる巻きに拘束された四人を見て、それから玲衣夜に視線を戻して、ボソリと呟く。


「……このゴリラめ」

「うん? 何か言ったかい?」

「……別に、何も」


 また小さく溜息を漏らした理に、玲衣夜は微笑む。


「そんなに溜息ばかり吐いていたら、幸せが逃げてしまうよ?」

「……余計なお世話だ」


 フンッと鼻を鳴らした理は、部下たちを引き連れて男たちのもとに向かっていく。これから本庁に連行して、事情聴取をとるのだろう。


「……玲衣さん、ごめん。僕全然役に立てなくて……むしろ邪魔しちゃったし」

「ん? 何を言ってるんだい? むしろ千晴のおかげでこのホテルまで辿り着けたんじゃないか」

「でもそれは……」

「それに、さっきの千晴の声。――しっかり届いていたよ」


 麗しい笑みを湛えた玲衣夜のターコイズブルーの髪が、さらりと肩上で揺れている。


 “――君の声が聞こえたからさ”


 一年程前。千晴は、玲衣夜と初めて出会った日のことを思い出した。


「どうかしたのかい?」

「いや……何か、初めて会った時のことを思い出しちゃって」

「初めて会った時……あぁ、私が千晴のことを華麗に救い出した時のことだね」


 ドヤ顔で笑う玲衣夜を、千晴はジト目で見る。


「……酔っぱらってベロベロになった玲衣さんを、僕が介抱した時でもあるけどね」

「うっ……あの時のことは、忘れてくれてもいいんだけれど……」

「……嫌だよ。絶対忘れないから」


 ベッと舌を出した千晴は、くるりと背を向けて歩き出す。


「悠叶くんにもあの時のこと、教えてあげようかな」

「そ、その話はしなくてもいいんじゃないかい? ……ち、千晴?」


 茶目っ気を孕んだ声で揶揄うようなことを言う千晴。そして、慌てた様子でその背を追いかける玲衣夜。

 この姿だけ見ていたら、どちらが上司で部下(助手)なのか分からないだろう。


 けれどあの頃と変わらない、ここぞという時には頼りになる上司は――面倒くさがりのくせに、一度懐に入れたものにはとことん甘くて、どんなに小さな叫び声にも耳を傾けてくれる。

 自身の目で見たものを信じて、そうすれば見て見ぬふりなんてできない――助けを求めている者には手を差し伸べずにはいられない、生粋のお節介焼きなのだ。


 そんな人だから、この人の周りはいつだって人であふれ、関わった者は皆絆されてしまうのだろう。そんな人のそばにいられることが、そんな人に信頼されているということが……千晴は内心で誇らしく思うと同時に、確かな優越感も感じているのだ。


 時を遡ること、一年ほど前の夜。二人の出会いがどんなものだったのか。それはまた――別の話で語ることにしよう。



***


「それじゃあ俺たちは戻る。まぁ一応……世話になったな」


 玲衣夜曰く“ツンデレ”な一言を残した理は、拘束された男たちを乗せてパトカーに乗り込んだ。遠ざかるパトカーを見送った玲衣夜たちは、地下駐車場から出てホテル前の舗装された道を歩く。


「……ん? あれって……」


 しかし千晴が何かに気づいたようで、その足を止めた。


「ねぇ玲衣さん、あれって……」

「うん? あれは……悠叶、だねぇ」


 今まで玲衣夜たちがいた地下駐車場。その駐車場を所有するホテルの正面出入り口。そこに一人で佇んでいるのは――どこからどう見ても、つい数時間前まで事務所のソファに寝転がっていた悠叶だ。あの金髪、間違いないだろう。

 しばらくホテル前で立ち尽くしていた悠叶だったが、睨みつけるように上階の方を一瞥して、そのまま建物内に入ってしまった。


「どうして悠叶くんがここにいるんだろう?」

「そうだねぇ……あぁ、分かったよ! 悠叶は、私たちがいなくなって寂しくなったんじゃないのかな? それで私たちの後をつけてきたとかね」

「いや、それはないと思うけど……」

「そうかい?」


 後をつけてきたのなら、ホテルになど入らず玲衣夜たちに直接声を掛けるだろう。けれど悠叶がこちらに気付く様子はなかった。

 偶然このホテルに用があって、自らの意思でやってきたのだろうけど……一体何の用があって此処へやってきたのか。


 悠叶の後を追いかけるか、このまま事務所に戻るか。

 しばらく逡巡した玲衣夜たちだったが、結局、この場は後を追うことはせずに、まっすぐ事務所へと戻る道を選択した。悠叶が誰かと待ち合わせている可能性もあるだろうし、それを邪魔してしまうのも悪いと考えたからだ。


 ――――何故悠叶がこのホテルに入っていったのか。悠叶は一体、何者なのか。この謎が解き明かされるのもまた、もう少し後の話になる。



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