08
ビジネスホテルの周辺や駐車場を二件ほど見て回って見てきた玲衣夜たち。次に辿り着いた先は、ここらへんで一番大きくて評判のいいラグジュアリーホテルだった。
地下駐車場の奥へと進んでいけば、薄暗い中でもはっきりと分かる、目立つ赤色を見つける。
「……赤いスポーツカー」
「うん、このホテルで当たりみたいだ」
そこには確かに真っ赤なスポーツカーが一台停まっていた。
そして車体の横には、先ほど喫茶店で見た小太りの男に、痩せた男、そしてもう一人……女性だろうか。小太りの男と親密そうな雰囲気で話している。痩せた男は周囲をきょろきょろと見渡して挙動不審な様子だ。
停車している車体の影に隠れながら少しずつ距離を詰めていった玲衣夜たちの耳に、酷く楽しそうに笑う小太りの男の低い声と、女性のクスクスと笑う声が聞こえてきた。
「こいつを、これからホテルで落ち合うやつらに渡せば……またたんまり金が入ってくるな」
「ふふ、あなたってば本当に悪い人なんだから」
男が“こいつ”と言って手に持っているもの。玲衣夜たちの目に映るのは――透明な小包に入った真っ白な粉だった。
「……ねぇ玲衣さん、あれってもしかして……」
「あぁ、千晴の想像通りだと思うよ。……胸糞悪いね」
声を潜めて話す二人。玲衣夜は目元のサングラスをずらして眉根を寄せている。
聞こえてきた会話から察するに、あれがドラッグ類の代物なのだろうということが一目で分かる。
証拠を押さえておこうと考えた千晴は、自身のスマホのカメラを小太りの男の手元に向ける。千晴の身体が、物陰から僅かに見え隠れする。
しかしそのタイミングで――いつの間にか千晴の足元にきていた野良猫が「にゃお」と鳴いた。小さくもしっかりと反響したその鳴き声に、警戒するようにして周囲を見渡していた痩せた男がこちらを見る。――目が、合ってしまった。
「っ、誰かいます!」
痩せた男の声に、小太りの男と女性の視線が同時に突き刺さってくる。
「誰だお前たちは!」
「うむ。どうやら気づかれてしまったようだね」
「……玲衣さん、ごめん」
「千晴が謝ることではないよ。それに……最終的に彼らが辿る道は決まっているからね」
玲衣夜の言葉に、小太りの男の片眉がピクリと持ち上がった。
「お前たちは、さっきの……。ほぅ、俺の後を付けてきたのか。あんたら、刑事か何かか?」
「いいや。私たちは探偵だよ」
「はっはっは、探偵か。とてもそんな風には見えないが……探偵ごっこなら、近所の公園にでも行ってする方が賢明だと思うがね」
「あっはっは、面白い冗談だね。それに……人を見た目で判断しない方がいいと思うよ?」
にこり。取り繕った笑みを張り付けて会話を続ける二人。空気がピリリと剣呑な色に変わっていく中、玲衣夜が足を踏み出した。
「その手に持つ物が何なのか、確認させてもらってもいいかな?」
「何故見ず知らずの奴に私物を見せなくちゃならないんだ? 君にそんな権限はないだろう?」
「ふむ。確かにそんな権限、私にはないけれど……何も疚しいことがないのなら、見せてくれるくらい構わないだろう? それとも、何か後ろめたいことでもあるのかい?」
「……そんなことあるわけがないだろう?」
「それなら、見せてもらっても構わないかな?」
「……」
男のもとに一歩、また一歩と近づいていく玲衣夜。開いていた距離が少しずつ縮まっていく。
男との距離が四メートルほどになったところで、男の背後に目をやった玲衣夜の顔に、憂いの色が表れる。。
「ふむ、なるほど。……君はこれまで、数えきれないほどの悪行を重ねてきたようだね」
「はははっ、何を言い出すかと思えば……。そんなこと、お前に分かるわけがないだろう? 知ったような口を…「分かるさ」
嘲笑する男の声に被せて、玲衣夜が鋭い声で言う。
「――That voice tells me.(その声が、教えてくれる)」
流暢な英語で、囁くようにして告げた玲衣夜。男が意味を聞き返すよりも早く駆け出して、開いていた距離を一気に詰める。
「にゃ~お」
玲衣夜の耳に、猫の鳴き声が届いた気がした。そして――――。
「っ、玲衣さん、右!」
千晴が叫ぶようにして言う。するとどこに隠れていたのか、先ほど喫茶店にいたSPらしきスーツ姿の男が右方向から飛び出てきた。男が、勢いよく拳を振りかざす。
しかしそれを瞬時に屈んで避けた玲衣夜は、そのまま男の脛目掛けて勢いよく蹴りを繰り出した。
「――ナイスアシストだよ、千晴」
玲衣夜がニヤリと笑って呟く。
それから――二分も経っていないだろう。玲衣夜が千晴の方に振り向いた。
野良猫を片手に抱いた千晴の目に映るのは、いつもの緩い笑みを浮かべる玲衣夜と、その背後に伸された男が二人、腰を抜かした男女二人が玲衣夜を見て怯えている姿だった。




