03
「よし、それじゃあ食べようか。いただきます」
「いただきます」
「……」
玲衣夜と千晴がホットケーキを口に運ぶ様を一瞥した悠叶は、自身もフォークとナイフを手にした。一口大に切ったホットケーキをぱくりと食べて――その瞳が、小さな雷に打たれたような。驚愕に満ちた色に変わった。
目の前でそれを見てしまった千晴は、悠叶の表情に驚いた。ホットケーキが美味しすぎて衝撃を受けた……というわけではなさそうだし、それなら甘いものが苦手とか? でも、甘いものが苦手なら、ホットケーキを見た時点で口にしようとは思わないだろう。
「ど、どうかした?」
「……。……別に。何でもねぇ」
千晴に声を掛けられてハッと我に返ったらしい悠叶は、小さく頭を振って答えた。玲衣夜は特に何を言うでもなく、無言でホットケーキを食べ進めている。
そして、時々雑談を交えながら(悠叶は黙って聞いているだけだったが)食べ進めること十分ほど。
皿を空っぽにした悠叶は無言で立ち上がったかと思えば、そのまま出入り口に向かっていく。
「もう帰るの?」
そんな千晴の質問に答えることはなく、その足も止まらない。
「またね、悠叶」
そして、玲衣夜に名を呼ばれた刹那――その足の動きが鈍くなったように思われたが、やはり言葉を返すことはなく、そのまま事務所から出て行ってしまったのだった。
「……帰っちゃったね」
「ん? そうだねぇ」
「でも玲衣さんの作ったホットケーキ、気に入ったんだろうね。綺麗に完食してたし」
「ふふん、そうだろう? ホットケーキも美味しく作れてしまうなんて、さすが私だね」
「……まぁ、自分で言うのはどうかと思うけど」
玲衣夜のポジティブさに呆れながらも、このホットケーキは本当に美味しいなと千晴はしみじみ感じていた。ホットケーキなんて誰が作ったって変わらないと思っていたけれど……玲衣さんが作ってくれたから、こんなに美味しく感じるのかな。
けれどそれを伝えれば、隣でドヤ顔をするこの人は調子に乗るだろうと思い、敢えて口にすることはしなかった。
けれど――食後に一緒に皿洗いをしながら「また作ってね」と伝えたこの言葉だけで、千晴の思いは玲衣夜に十分伝わっていることだろう。
――そして、次の日。
「……」
「やぁ千晴。助けてくれないかい?」
何故か昨日と全く同じ状況が、事務所内で再現されていた。
そう、大学での講義を終えた千晴が事務所を訪れれば、ソファの上に押し倒される玲衣夜と、馬乗りになる悠叶の姿があったのだ。
――あれ? もしかして僕、タイムリープしてるのかな?
目を擦ってスマホの画面を見てみれば、そこには確かに、昨日から二十四時間が経過していることが分かる日付けが表示されている。
「千晴。夢ではなく、これは現実だよ」
カラッと笑いながら言い放つ玲衣夜に深い溜息を漏らした千晴は、昨日と同じように悠叶に声を掛けて、その上から退いてもらう。
そしてひと悶着を経た末、何故かまた三人でホットケーキを食べることになるのだった。
――――そう。こうした経緯があり、何故か彼、二階堂悠叶がふらっと事務所に顔を出すようになったのだ。そうして彼は、次第にこの一ノ瀬探偵事務所にとっての大切な従業員になっていくのだけど――現時点でそれを予感しているのは、この事務所の社長である玲衣夜だけであった。