02
「えぇっと、自己紹介が遅れたけど、僕は杉本千晴っていうんだ。君の名前は?」
「……」
「あぁ、彼は二階堂悠叶くんだよ」
無言の男性に代わって、何故か玲衣夜が答える。
「……何でテメェがオレの名前を知ってんだよ」
「ん? それは……私が名探偵だからだろうねぇ」
ふふん、とまたもや謎のドヤ顔を見せる玲衣夜。
「……」
もはや完全に不審者を見る目つきだ。けれど玲衣夜はそんな視線など物ともせず、本体にソフトをセットしている。――と、小さな腹の虫がどこからか聞こえてきた。
「ん? 今の音は……悠叶だね? もしかしてお腹が減っているのかい?」
「……勝手に名前で呼んでんじゃねぇよ」
「そうだねぇ……よし! いいことを思いついたよ」
「おい、無視してんじゃねぇ」
「悠叶は甘いものは好きかい?」
「……っ、人の話を聞け……!」
玲衣夜の話を聞かないマイペースっぷりに、悠叶の突っ込みが止まらない。けれどそれさえも聞こえていないのか――いや、この距離で聞こえていなければ聴力に問題があるだろうから、あえて聞かない振りをしているのだろう――玲衣夜は楽し気に笑って立ち上がった。
「いいことって……それ、大丈夫?」
玲衣夜の言う“いいこと”は突拍子のないものが多いことを、千晴は知っているのだ。不安な顔をした千晴に気づいた玲衣夜は、唇をムッと尖らせて反論する。
「むっ、失敬だよ千晴! “いいこと”なのだから、無論千晴が心配するようなことは何もないさ。大丈夫に決まっているだろう」
「じゃあ勿体ぶらないで、早くその“いいこと”が何なのか教えてよ」
「ふふん、いいだろう。それはねぇ……」
一拍置いて、玲衣夜が答える。腰に両手を当てて、自信満々といった様子で胸を張って。
「私が手料理を振舞う、ということさ!」
「……えっ、玲衣さんが作るの?」
千晴は堪らず驚きの声を漏らしてしまった。
だって考えてもみなかったのだ。面倒くさがり屋で、カップラーメンやレトルトで済まそうとすることの多い玲衣夜が、自ら料理をすると口にするだなんて。
想定外の“いいこと”に、千晴は驚いた顔を隠そうともしない。
傍観していた金髪男子――悠叶は、興味がなさそうに欠伸をしてソファに寝転がってしまった。玲衣夜には何を言っても無駄だと諦めてしまったらしい。他人の家(職場)だというのに、どこまでも自由な男である。
「それじゃあ私は早速調理に取り掛かるから、千晴はのんびりお茶でもして待っていておくれ。悠叶は……もう寝てしまったようだね」
「え、僕も手伝うよ」
「いいや、いつも千晴に任せきりだからね。たまには私が作るさ」
ソファの上に横向きに寝そべっている悠叶は、本当に寝てしまったようだ。その顔は腕に隠れて見ることができないが、ピクリとも動かない。
手持無沙汰になってしまった千晴は、とりあえず課題のレポートに取り掛かろうと思い立ち、悠叶の向かいのソファに腰を下ろした。極力音を立てないようにと配慮しながら、ノートパソコンに文字を打ち込み続けること、三十分。
「さぁ、できたよ」
エプロン姿の玲衣夜がオフィスに戻ってきた。一緒に甘い匂いが漂ってくる。
その手には丸皿を持っていて、黄金色に焼けたふかふかまぁるいホットケーキが、二枚重ねて乗せられている。
「わ、美味しそう」
「だろう?」
甘い匂いに目を覚ましたのだろうか。のそりと起き上がった悠叶は無言でホットケーキを見つめている。
「はい、これは悠叶の分だよ。メープルシロップとジャムを用意してあるから、自由に使っておくれ」
悠叶の前に皿を置いた玲衣夜は、再びキッチンに戻って千晴と自身の分のホットケーキも持って戻ってきた。その間に一緒に席を立っていた千晴も、キッチンで三人分の紅茶を淹れて戻ってくる。