01
「やぁ千晴、ちょうど良いところにきてくれたね。……助けてくれないかい?」
事務所に入って真っ先に目に飛び込んできたのは、いつもと変わらぬ笑顔でひらりと手を振る玲衣夜。――けれどその玲衣夜は、どういうわけか、見知らぬ男性に押し倒されている。一体どういう状況なのだろうか。
「一応聞くけど……玲衣さん、何やってるの?」
「うん。見ての通り、押し倒されているねぇ」
笑顔でひらひらと片手を振り続けている玲衣夜は、正直、全然助けを求めているようには見えないけれど……とりあえず玲衣夜に馬乗りになっている男性に声を掛けて、玲衣夜の上からおりてもらうことにしよう。千晴は二人のそばまで歩み寄る。
「悪いけど、一旦どいてもらってもいいかな?」
千晴が声を掛ければ、おもむろに顔を持ち上げてこちらを向いた男性――多分、千晴と同い年くらいだろう――に、鋭い視線で睨みつけられる。そして無言で見つめ合うこと、数秒。
「……チッ」
小さな舌打ちを一つ落として玲衣夜の上からどいた男性は、空いていたソファにどっかりと腰を下ろし、無言で玲衣夜を見つめている。――いや、これは睨みつけているといった表現が正しいだろう。
さらさらと艶のある金髪で、長めの前髪が気だるげそうなその目元にかかっている。すらっとした細身の体格で、背丈は百八十センチ以上はありそうだ。
その相貌はかなり整っているけれど、気だるさを醸し出しながらも鋭く感じる眼光や纏う雰囲気から、どこか取っつきにくい印象を感じる。端的に言えば、甘い顔をしたヤンチャ系男子って感じだろうか。
「で、この人は誰なの? 玲衣さんの知り合い?」
「ん? いやぁ、それがね、話すと長くなるんだけれど……」
立ち上がった玲衣夜は、千晴とソファに座る男性を交互に見つめてから、柔く微笑んだ。
「せっかくだし、お茶でも飲みながら話をしようか。確か美味しい茶菓子があっただろう?」
「……。……いや、玲衣さんさぁ…」
仮にも合意なく押し倒されていたというのに、その人物も誘って仲良くお茶にしようとは。ソファに座る男性も、無表情ながら、心なしか呆れたような顔をしている気がする。
千晴の言わんとすることに気づいたらしい玲衣夜だったが、からりと笑ってキッチンへと向かっていく。
「まぁまぁ、細かいことはいいじゃないか。さぁ、千晴も座っておくれ」
「……はぁ、分かったよ」
名も知らぬ男性と向かい合うようにして、空いているソファに腰を下ろした。
そして待つこと数分。冷えたアールグレイの紅茶とクッキーをトレーに乗せて戻ってきた玲衣夜は、千晴の隣に腰掛ける。
「実はねぇ、この子とはつい一時間ほど前に出会ったんだよ」
「……うん。言いたいことは色々あるけど……とりあえず、続きを聞かせて」
「うむ、分かったよ。まぁ何故出会ったのかといえば――チンピラに絡まれていたところを助けてもらってね」
「え、そうだったの?」
――何だ。見かけによらず(っていうのは失礼かもしれないけど)良い人なのかもしれないな。
男性の見た目だけで不良っぽいだなんて決めつけてしまったことを反省した千晴がそんなことを考えていれば、ずっと無言を貫いていた渦中の男が口を開いた。
「……ちげぇ。オレが通り過ぎようとしたら、オマエが勝手に俺の服の裾引っ張ってきたんだろ」
ギンッと凄みのある睨みをきかせる男性に対して、玲衣夜は「あれ? そうだったかい?」なんてとぼけた顔で笑っている。
「……チッ。コイツが手を離さねぇから、仕方なくアイツらをボコしただけだ。で、コイツが礼をするっつーから、その礼を貰いにきた。……邪魔が入ったけどな」
「……あぁ、なるほどね」
――どうしてあんな状況になっていたのか、ようやく合点がいった。
納得はしたけれど……礼をするためとはいえ、出会ったばかりの男を事務所に引き入れるなんて、玲衣夜は警戒心がなさすぎるのではないか。もし自分が不在の間に何かあったら……と心配を募らせている千晴。
しかしそんな千晴の心境など露知らず、玲衣夜は頬を緩めてクッキーを頬張っている。
「っつーことだ。さっさとヤらせろよ」
「ん? ……あぁ、いいとも! 早速やろうか」
男性の言葉に不思議そうに首を傾げる玲衣夜だったが、すぐに合点がいったとでも言いたげな顔をして立ち上がった。
玲衣夜が向かう先は――男性のいる方ではなく、何故か奥のスペースにあるテレビ台のそばで。
「よし、どれからやろうか! そうだねぇ、私のお薦めはぽよぽよだかな。りすくませんぱいと一緒に鍛え上げた私の腕、見せてあげようじゃないか」
「……」
プレステの本体とコントローラーを手にして得意げに話す玲衣夜と、“何だコイツ”とでも言いたげな胡乱な目を向けている金髪男子。
そんな微妙な空気が広がる中、声を上げたのは千晴だった。
「いや玲衣さん、今の時代はスイッチだから。それに……この人が言ってるのはそういう意味じゃないと思うけど」
「えぇ、そんなことないだろう? プレステにスーファミに、どちらも最高に面白いじゃないか」
聞こえていなかったのかは定かではないが、千晴の最後の言葉はまるっと無視である。床にゲームソフトを広げ始めた玲衣夜のそばに行けば、そこには見覚えのないゲームソフトが。
「あれ、こんなソフト持ってたっけ? もしかして買ったの?」
「あぁ、これはバイトくんから譲り受けたものでね。ぜひ感想を聞かせてほしいと言われているんだよ。千晴も一緒にやるだろう?」
玲衣夜の言う“バイトくん”とは、事務所の下階にある喫茶店で働いている男子高校生のことだ。時々要らなくなったゲームソフトを譲り受けたり、漫画を貸し借りしたりしているらしい。
「まぁ、僕はいいけど……」
千晴が視線を後方にやれば、“何だコイツら”と顔にでかでかと描いてある金髪男子が。まるで不審者を見るような目をしている。
その対象に何故か自分も含まれていることに突き刺さる視線で気づいてしまって、千晴は何とも言えない気持ちになってしまう。




