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月より遠い恋をした  作者: ネコカエデ
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第89話

 千陽ちはるさんとおじいちゃん、おばあちゃんの家に遊びに来ていた。そこにはお父さんもいた。私も手伝った新米をすぐ食べてみたいとお父さんはおじいちゃんとおばあちゃんにも声をかけてくれて、一緒に食べる機会を作ってくれた。


「今、土鍋で炊いてるからね。ちょっと待っててね」


 おばあちゃんがいそいそと台所に立つ。私も手伝うよ!と言って、一緒にご飯に合うおかずを作る。


 里芋とタコの煮物、焼き茄子、サツマイモと人参、ゴボウをいれた豚汁、千陽さんが持ってきてくれたシイタケを使ったバター醤油焼き、キノコたっぷりの鮭のホイル焼き、おばあちゃんの漬物。


「おばあちゃん、はりきっちゃった!食べれるかなぁ?」


 おばあちゃんがそう心配する。


「すごくおいしそうだから大丈夫!私もいっぱい食べるよ」


 私が言った言葉におばあちゃんがフッと嬉しそうに笑う。


「……桜音おとちゃん、良かった。今の……昔の桜音ちゃんみたいだった」


 昔の私?と聞き返すと、おばあちゃんはなんでもないよと笑う。皆で食べようとテーブルに並べていく。千陽さんとお父さんが何かを話していて、おじいちゃんがうんうんとうなずいていた。なんの話をしていたのかはわからなかった。


 土鍋のご飯はつやつやしていて、しゃもじでひっくり返すとお焦げがついていて、ふわりと炊きたてのお米の匂いが香る。


「やっぱり土鍋ご飯、良いですね。家にも一つ買おうかな」


 料理が上手な千陽さんはうーんと悩んでいる。


「まさか桜音ちゃんが農業に興味を持つとはわからないものだなぁ」


 おじいちゃんはそう言いながら、よそってもらったご飯を嬉しそうに口にした。


「これは……美味いな。なんでだ?ご飯に甘味がある」


「山の方の水がきれいなところで作っていて、無農薬にしてみているんです。手間はかかるけど、してみたくて」


 千陽さんがそう言うとおばあちゃんが驚く。


「無農薬!?それは大変なことをしてるわね。でも確かに家のよりもおいしいかもねぇ」


 千陽さんのお米の味におばあちゃんまでそう言う。お父さんはおいしいけど、違いはわからないと言うと、味音痴だとおじいちゃんとおばあちゃんに言われ、場に笑いが起こった。


「桜音、すごいな」


 お父さんはただ一言だけそういった。褒めてもらったのは………いつぶりだっただろう?その一言が私の心に響く。心を温かくさせる。


 私のこと、今は、なるべく目をそらさないようにお父さんはしている。そう思えた。


「私がすごいんじゃないのかも……」


 そう言って、千陽さんを見た。え?と首を傾げる私の大切な人はとぼけた感じで、ご飯の上に漬物をのせて食べようとしたところだった。


「わかる気がする……千陽くん、ありがとう」


 お父さんの言葉に千陽さんは目をパチパチさせた。


「え?いや……僕はそんなお礼を言われるほどのことは……なにも……」


 おじいちゃんとおばあちゃんもありがとうとお礼を言っている。気づかないのはきっと本人だけなのかも。


 なんだろう?と困った顔で私を見た千陽さんにクスクスと笑ってしまう。


 私とお父さんとお母さんは家族の形が他の人たちとは違うようになって、ずっとすれ違っていて、私も意地張って、嘘の自分を塗り固めて作り上げて、その度に傷ついて動けなくなってて、それを丁寧に一つずつ戻してくれたのは千陽さんだった。


 今もまだ途中なんだけど……家族の形はいろんな形があってもいいのかもしれない。そんなふうに私は私の考え方が広がってきたと思う。


 皆で食べるご飯が美味しいこととか、甘えてもいいんだとか自分の気持ちを口にしても大丈夫なんだとか夕暮れを二人で歩くだけでも幸せだとか……ほんとに千陽さんは単純なことを私に思い出させてくれた。単純なことだけど、それって本当は一番難しいことなのかもしれない。


 私は千陽さんが好き。まだ子どもっぽくって頼ってばかりで私は弱いけど、私も頼ってもらえるように強くなりたいって心から思ってる。


 私の隣で美味しそうにご飯を食べて、ニコニコしてる千陽さんの顔を見た。


 今、手を伸ばせば届く距離に千陽さんはいる。


 私達は二人で一緒に旅に出るところ。きっと旅の途中は良いことばかりじゃなくて、喧嘩したり泣いたり千陽さんの弱いところも知ることになるだろう。


 でも雨が降っても必ず晴れる日は来る。私と千陽さんも夏の通り雨のように生きていければいい。

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