第八話 Emergency
戦闘シーン、怪我や流血描写などがありますので、苦手な人は閲覧注意。
グロ表現はありません。
【少尉視点】
曹長の自殺未遂事件以来、武器の持ち込みは一切禁止となった。
ナイフの一本も、持ち込めない。
武器は攻撃の道具だけど、守る為の道具でもある。
武器や防具を装備してないと、体が軽くて落ち着かねぇんだけど。
まぁ、コイツの為なら、仕方がないか。
装備は全て、部屋の入口に置いてある。
「よし、行くか」
それらを身に着け、「Combat-knife」と「AK-12」を構えて、廊下へ飛び出した。
「Combat-knife」は、素早く静かに敵を仕留める、接近戦用の軍用ナイフ。
全長三〇㎝、刀長十八㎝。
刀の素材は、高炭素鋼(こうたんそこう=ハイカーボンスチール=鉄と炭素の合金)。
両刃で、刃背が鋸刃となっている。
ナイフは移動速度が落ちず、命中率は高いが、届く距離はかなり短い。
でも、特攻を仕掛ける俺にとっては、距離の短さは問題にならない。
距離が遠い場合は、「AK-12」で応戦する。
「AK-12」は、AKシリーズ最新モデルのAssault-Rifle。
低反動で、最高威力も高い。
視認性が良いので、照準器類は不要。
遠距離では、全自動で命中させるのはやや難しく、撃ち負けやすい。
あと、再充填時間が長い。
なので、拡張銃倉を付けて、弾数を補っている。
近頃、戦場を駆ける機会に恵まれなかった。
潜入や偵察、監視するだけの簡単なお仕事ばかりで、正直つまらん。
今、自由に走り回って敵を倒せることが、純粋に嬉しい。
爆音と銃撃音に、血沸き肉躍る(ちわきにくおどる)。
戦いに喜びを感じている。
俺は自分が狂戦士だと、自覚している。
だって、戦ってる時が一番楽しいんだ。
やっぱり、戦場でしか生きられない人間なんだ。
「ひひっ……ふふふふっ……あっははははははははっ! さぁ、楽しませてくれよっ!」
少し離れた物陰で、ラフな格好の大将が「FP6」をぶっ放しているのが見えた。
「FP6」は、クラス最高の威力を誇るShotgun。
「ファバーム社」と「H&K」が開発、「H&K」が販売していたポンプアクション方式。
Shotgunの中で、最大の威力と最長射程を持つ。
最大威力は、実際には一mも無いので、近距離でも倒せない場合がある。
射程が長い代わりに最低威力が低く、射程ギリギリでは全弾命中しても倒せない。
大将が普段、護身用に装備している銃は「44 Magnum」
クラス最高威力を誇る、「Magnum Revolver」
照準器に緑の夜光塗料が塗られており、視認性に優れる。
威力が非常に高く、Handgunの中でも最高の射程を持つ。
このHandgunの最大の特徴は、近距離での一撃必殺。
ただし、反動が強く、連射が利かない。
至近距離なら、実用性は十分。
カッコよさ重視で、乱戦に不向きな銃を使っているところが、大将らしい。
大将は強運の持ち主だから、目立った被弾はしていないように見える。
不思議なことに、弾の方が大将を避けていくらしい。
マジで素直に羨ましいよ、その強運。
でも、軍勢に攻め込まれて、さすがの大将も追い詰められているようだ。
こちらに気付いて、半泣きの情けない顔で、口を動かす。
「Help」か。
まったく、世話が焼ける大将様だな。
一応、我が軍の最高幹部だから、見て見ぬふりは出来ねぇ。
「Frag grenade」のピンを抜き、固まってる兵達へ向かって投げる。
「Frag grenade」は、いわゆる普通の手榴弾。
ピンを抜いてから、約四.五秒で爆発する。
この手榴弾は投げ返すことが可能なので、ピンを抜いても、すぐには投げない。
目標到達の瞬間で爆発するように、タイミングを計って投げる。
肩が強い俺は、飛距離を自由に調整出来る。
滞空時間と飛距離を感覚で計って、兵達の目の前で爆発させた。
いくつか立て続けに投げて、生き残ったしぶといヤツは「AK-12」で仕留めた。
その場にいた敵を全員片付けた後、大将の側へ駆け寄る。
「大丈夫か?」
「さっすが、少尉! 助かったぜっ!」
大将が、嬉しそうに破顔一笑(はがんいっしょう=表情を崩してにっこり笑う)した。
ふいに不思議そうな顔になり、問い掛けてくる。
「お前、なんでこんなとこにいんだよ?」
「なんでって、敵襲の非常事態だからに決まってんだろ」
「アイツは、どうした? まさか、ひとりで放置してきたんじゃねぇだろうな?」
「あ」
【曹長視点】
「『捕虜にせよ』と、命令でしてね。我が軍へご招待しますよ、大将殿」
敵兵達に囲まれて、頭に銃口を突き付けられながら、ベッドから降ろされた。
久し振りに床に立つと、敵兵に後ろから縄で縛られた。
なんだ、殺してくれないのか。
早く楽になりたかったのに、思う通りにはいかないみたい。
捕虜になって、大切な人に迷惑を掛けるぐらいなら、この場で死にたい。
抵抗したら、殺してくれるかな。
縛られているのは腕だけだから、足は自由だ。
しばらく歩いてなかったから、おぼつかないけど、逃げるふりぐらいは出来るかも。
一切抵抗を見せない俺に、敵兵達は油断している。
今なら、俺を見張っていた看守もいない。
大切な人は、俺が死んだらきっと喜んでくれる。
大切な人の為に、死ななければ。
俺は震える足で、敵兵達から数歩走り出すふりをして見せる。
「貴様っ! 逃げられると思うなっ!」
予想通り、敵兵達は簡単に釣れた。
銃声と共に、左足のふくらはぎと右肩を撃ち抜かれる。
縛られているから、上手く受け身が取れなかった。
うつ伏せに倒れた俺の上に、隊長らしき男が馬乗りになる。
頭を掴まれて、床に強く押し付けられた。
「ふざけた真似を……命令がなければ、この場で撃ち殺してやるものを」
殺してくれれば、良かったのに。
こんな中途半端に撃たれても、死ねないじゃん。
せっかくなら、急所を撃ち抜いてくれれば死ねたのに。
撃ち抜かれた肩と足が、酷く痛む。
弾は貫通してるから、出血量が多い。
着ていた寝間着が赤く染まり、床にも血が広がっていく。
このまま、出血多量で死ねないかな。
「大人しくしていれば、手荒な真似をせずに済んだのですがねぇ」
隊長が俺の上から退くと、首の後ろを掴まれて、無理矢理立たされた。
今度は、ふたりの兵士が左右から俺の腕を捕らえる。
二度目はないと、言わんばかりだ。
ほとんど引きずられるように、強引に連れて行かれる。
「さ、行きましょうか」
【隊長視点】
何故、曹長から目を離してしまったのか。
動けないアイツを守れるのは、俺しかいなかったのに。
何があっても、ひとりにしてはいけなかった。
今まで俺らは、アイツの危険に対して、敏感過ぎる程敏感だった。
もしかしたら、蓄積されてきた心労による、気の緩みがあったのかもしれない。
いや、そんなことは自分を正当化する、ただの言い訳だ。
敵兵がアイツを見つけてしまったら、無抵抗のまま殺されてしまうに違いない。
アイツは、俺らに迷惑を掛けるぐらいなら、迷わず死を選ぶ。
とにかく、今は一刻も早く、アイツの安否を確認したい。
焦燥感に駆られる(=早く何とかしなければと、気持ちが急きたてられる)。
「邪魔だ! 退けっ!」
大将と共に、銃をぶっ放しながら、曹長の元へ急ぐ。
大将の私室は、駐屯地の一番奥にある。
敵兵達も、この先に大将室があることを知っているのか。
敵兵の数が、増えてきているような気がする。
行く手を阻もうと、通路を塞ぐ敵兵達が腹立たしい。
横にいる大将も、焦りの色が濃い。
俺と同じように、曹長の身を案じ、苛立っているのだろう。
俺がアイツから離れたせいで、こんなことになっちまった。
「戦場を駆け回って戦いたい」という欲に負けた、俺が悪い。
後悔ばかりが、押し寄せてくる。
曹長と大将と中将に、謝罪したかった。
でも、謝るのは後だ。
今は、曹長を助けることに集中しなければ。
邪魔な敵兵達をぶっ飛ばし、ひたすら走る。
なかなか先へ進めなくて、もどかしい。
「おぉ~い! 置いてかないでくれぇ~っ!」
大将は、俺の速さに付いてこれないらしい。
全力で走ると、距離が開いてしまう。
大将を置いて行く訳にもいかず、俺は時々振り返る。
「急げ! 早くしろっ!」
あと少し。
あの角を曲がれば、大将の私室だ。
今行くぞ、曹長。
どうか、無事でいてくれ。
頼むから、早まらないでくれ。
祈り空しく、ようやく見えた扉は破られていた。
【中将視点】
何か、胸騒ぎがした。
夜は少尉が当番だけど、アイツ、抜けてっからな。
銃声が聞こえたら血が騒いで、飛び出しちまいそうな気がすんのよね。
少尉のせいで、アイツに何かあったら絶対許さねぇ。
倒した敵兵達を飛び越えて、大将の私室へ急ぐ。
廊下に、多くの死体が転がっている。
多量の赤い足跡が、大将の私室へ向かっていた。
まさか。
心臓が痛い程脈打ち、全身から汗が噴き出す。
もっと早く走れと、自分の足を叱り付け、全速力で駆ける。
やっと辿り着いた部屋の扉は、派手にぶち壊されていた。
壁に貼り付いて、中の様子を伺うと、大将と少尉の背中が見えた。
敵兵六人に銃口を向けられて、ふたりは両手を上げている。
部屋の奥には、縄で上半身を縛られた曹長が捕らわれていた。
白かった寝間着は真っ赤に染まり、曹長は脱力していて、敵兵ふたりに体を抱えられている。
人質を取られ、降伏(こうふく=敗れたことを認めて従う)させられているようだ。
クソ! 嫌な予感が当たっちまったっ!
しかも、絶体絶命の最悪な状況じゃねぇか。
この状況を打破するには、どうすれば良いか。
考えろ、俺。
もっとも効果的なのは「M18 Smoke-Grenade」か「XM84(スタングレネード)」か。
どちらも殺傷力ゼロで、視界妨害が出来る。
「発煙手榴弾」は、煙幕が満ちるまでの時間が少し遅いが、範囲が広い。
「閃光手榴弾」は、起爆と同時に一八〇dBの爆発音と、百万cd以上の閃光を放ち、視力と聴力を一時的に奪うことが出来る。
夜襲で余裕ぶっこいてきたのか、敵兵共はガスマスクもサングラスも着けていない。
仲間が巻き込まれるし、室内で使用するなら、発煙手榴弾が有効か。
ただし、室内と言えど、窓も扉も全開だから、持続時間は短いと考えるべきだ。
煙幕といっても、煙の中に入れば、薄っすら見えるしな。
いや、わずかな時間でも、敵を動揺させて隙が作れれば良い。
曹長を取り戻す時間さえ、稼げれば。
「発煙手榴弾」のピンを抜こうとした時、曹長が動いた。
曹長が口で、敵兵の胸ポケットから「Frag grenade」を奪った。
歯でピンを抜き、よりにもよって「Frag grenade」を口に咥えやがった。
そんなことしたら、間違いなく死ぬ。
アイツ、自爆する気かっ?
何しやがんだ、あのバカッ!
迷っている時間はなかった。
俺はライトマシンガンを、敵兵に向かってぶっ放しながら、突入する。
敵兵達が、俺に向かって銃を乱射してくる。
あちこち被弾するが、気にしている場合じゃない。
俺に敵兵の目が向いている間に、少尉が曹長に向かって走った。
「貴様、ふざけんなっ!」
少尉は曹長の口から手榴弾を取り出し、敵兵へ投げると、曹長の上に覆いかぶさった。
「Frag grenade」の殺傷範囲は、約十五m。
逃げるにも、投擲(とうてき=遠くへ投げる)にも間に合わない。
敵味方関係なく、全員がその場に伏せた。
【大将視点】
誰かが泣いている。
気が付くと、俺は床に倒れていた。
あれ? 何が起こったんだ?
確か、曹長が手榴弾を咥えて……。
そうだ! アイツは無事かっ?
痛む体を無理矢理起こして、状況を確認する。
室内にいた敵も味方も、全員が床に倒れていた。
泣き声がする方向に目を向ければ、部屋の隅っこで曹長が泣いていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい。俺のせいで……」
「え、曹長……?」
恐る恐る声を掛けると、曹長は安堵した顔でこちらを向いた。
「あっ、大将、気付いたんだ?」
「ぇえぇえええええええぇええ~っ?」
俺は驚きのあまり、思いっきり驚きの声を発してしまった。
だって、だって、さっきまで人形みたいに動かなかったのに。
いったい何があったのか知らないけど、普通に喋ってるし表情もある。
俺らがずっと待ち望んでいた曹長が、そこにいた。
俺は嬉しくて嬉しくて、すぐ横で倒れていた中将を叩き起こす。
「起きろ! アイツがっ、アイツがっ!」
「……うるせぇな……アイツがどうした? ぅ、痛ぇ……」
爆発で気を失っていた中将が、被弾した傷を押さえながら目を覚ました。
まだぼんやりしているのか、何度も瞬きした後、曹長を見た。
曹長も中将を見て、申し訳なさそうに声を掛けてくる。
「ごめんね、中将。俺のせいで、いっぱい迷惑掛けて……」
「ぇえぇえええええええぇええ~っ?」
中将もめっちゃ驚いて、俺と同じ反応をした。
俺と中将の顔を交互に見て、曹長は驚いている。
「え? どうしたの? ふたりとも」
「どうしたもこうしたも、お前……」
驚きのあまり、言葉が続かない。
それからすぐ、少尉も意識を取り戻した。
「いたたた……何騒いでんの? お前ら」
「良かった、やっと起きた」
嬉しそうに笑う曹長を見た少尉は、驚きすぎて固まった。
少しでもお楽しみ頂ければ、幸いに存じます。
もし、不快なお気持ちになられましたら、誠に申し訳ございません。