第三話 search
【曹長視点】
隊長と連絡を取ろうとしたが、無線は繋がらない。
俺が地下にいるから、通信出来ないのか。
それとも、敵さんが「ジャミング(Radar jamming)」でもしているのか。
「ジャミング」は、通信妨害 (Electronic Counter Measures) のこと。
もしかしたら、ここには電波妨害装置が設置されていたのかもしれない。
俺らを罠にはめて、「バンカーバスター(Bunker Buster=地中貫通爆弾)」を大量投下してくるくらいなんだから、妨害装置があってもおかしくない。
これじゃ、隊長の無事が確認出来ないじゃないか。
でも、隊長なら脱出しているに違いない。
どうしたって、今の俺には何も出来ない。
今はただ、爆撃と火災が収まるまで待つしかない。
とりあえず、ひと晩、待機することにした。
光が差し込まないから、真の闇だ。
地下貯蔵庫内に、照明らしきものはないようだ。
煙も炎も熱も入り込まないのは助かるけど、光も音も入って来なくて、状況が全然分からない。
コンクリート打ちっぱなしの室内だから、室内音はやたら響く。
試しに、手を打ち鳴らしてみたり、歌を唄ってみたりしたら、めちゃくちゃ響いた。
ひとりコンサート気分で、ちょっと面白い。
適当に、思いつく限りの歌を唄って、暇を潰した。
しばらく歌って、飽きたところで、その辺に寝転がった。
目を開けているか、閉じているかも分からなくなる真の闇。
ここ、なんもなくてつまんないなぁ。
でも、寒くもなく暑くもなく、寝るには最適な温度だ。
地下貯蔵庫内にこもった空気は、淀んでいて、コンクリート特有の臭さはあるけど、慣れれば大丈夫。
横になったら、すぐに睡魔が襲ってきた。
起きていてもやることないし、少しでも仮眠を摂って体力の回復に努めよう。
ふいに、意識が覚醒した。
真っ暗で何も見えないし、何も聞こえない。
あれ? まだ夜? ここどこ?
あ、そうか。
ここは、爆撃から避難する為に逃げ込んだ地下貯蔵庫だった。
今、何時?
時計で時間を確認すると、昼近かった。
うわ、マジかよ、軽く仮眠を摂るつもりだったのに。
真の闇だし、静かすぎるから、時間の感覚が麻痺して、寝すぎてしまったようだ。
もうそろそろ、出ても大丈夫かな?
はしごを登り、ハッチ(hatch=地下貯蔵庫の昇降口)を持ち上げようとしたが、ビクともしなかった。
もしかして、瓦礫の山がハッチを塞いじゃってる?
あの状況だったら、普通にあり得るんだよなぁ。
ヤベェ、どうしよう。
詰んだ、出れない。
手触りでハッチに違和感を覚えて、懐中電灯で照らしてみる。
どうやら、ハッチは歪んでしまっているようだ。
たぶん、爆撃によって変形してしまったのだろう。
しかも、ハッチの外枠の金属部品が溶け、溶接(ようせつ=ふたつ以上の物質の接合部を、溶かして繋げる)されてしまっているようだった。
火災温度(かさいおんど=火災で、時間経過によって変化する温度)は、火災発生から五~十分程度で約五〇〇℃まで到達するといわれている。
一時間で、約九四五℃
二時間で、約一〇四九℃
三時間で、約一一一〇℃
純粋な鉄なら、融点(ゆうてん=溶け始める温度)は一五三六℃のはずだけど。
合金(ごうきん=ふたつ以上の金属や非金属が混ざったもの)だったら、もっと低い温度で溶け始める。
状況は良く分からないけど、結局のところ、ハッチが開けられなきゃ、どうしようもない。
でもきっと、隊長が助けてくれるはず。
幸い、レーション(Combat ration=軍から配給される携帯食糧)と水はある。
レーションを節約してちょっとずつ食べながら、救助される時まで待つとしよう。
隊長、俺はここにいるよ、早く助けてくれ。
【隊長視点】
「二軍支援部隊(仮)」の新兵達と共に、俺は捜索活動を続けている。
最初こそは未熟だった新兵達も、少しずつたくましくなってきた。
新兵達の成長は、純粋に嬉しかった。
だが、いつまでもアイツが見つからない現状に、イラ立ちは高まる一方だった。
アイツがいなくなってからというもの、俺らはみんな変わっちまった。
まず、俺は、朝起きることが出来なくなった。
毎朝、やけに寝起きが良いアイツが、目覚まし代わりに叩き起こしてくれてたからだ。
当然だが、決まった時間に食堂へ行かないと、朝飯を食い損ねる。
朝飯が食えないなんて、いつ振りだろう。
渋々、食堂の出口に山積みされた「MRE」の茶色い袋をふたつ持って行く。
食堂の出入り口には、大きな太字で注意書きが貼られている。
「DON'T FORGET TO GRAB AN “MRE” FOR LUNCH!(昼飯に“MRE”を持って行くのを忘れんなよ!)」
「MRE」は「Meal, Ready-to-Eat(すぐ食べられる食事)」の略で、いわゆるレーション。
劣悪な環境における輸送にも堪え得る保存性と、摂取カロリーの確保を至上目的としたものである。
つまり、味は二の次(にのつぎ=後回し)。
なんか薬臭ぇし、妙にベタベタ甘ぇし、口ん中パッサパサになるし、正直言ってマズい。
「Meals, Rarely Edible(とても食べられたものじゃない食物)」と、軍内でも大不評。
「そんなに言うほど、マズくはないと思うんですけどね」とか、曹長がほざいてたけど。
アイツの舌は、信用出来ない。
食わないと体がもたないから、一応食うけど。
体に必要なエネルギーを摂取しないと、体力、耐久力、精神力、注意力が低下する。
ちなみに「MRE」の一食分は、一二〇〇㎉(キロカロリー)くらいが普通。
大将は、仕事を溜めなくなったらしい。
何かしてないと、曹長のことばかり考えちまって、落ち着かねぇんだと。
あと「なんか、口寂しくて食っちゃうんだよね」とか言って、太っていた。
たぶん、ストレス太りだと思う。
中将は、逆にげっそりと痩せて、顔色も悪かった。
寝ることも食べることも忘れて、戦略を練っているらしい。
こないだ、報告書を提出に行ったら、目の下にクマが居座っていた。
さすがに見かねて注意したら、「アイツのことが心配で、眠れないし、腹も減らない」と、嘆いていた。
駐屯地(ちゅうとんち=陸軍が平時に駐在する軍事基地)のみんなも、アイツがいなくなって寂しがっていた。
アイツの狙撃の腕に憧れてるヤツが、かなりいる。
「早く戻って来て欲しい」って、どいつもこいつも、口を揃えて言うんだ。
笑い声がうるさくて、クソみてぇな歌を唄うバカなのにさ。
アイツひとりいなくなっただけで、こんなに影響力があるのかよ。
なんだか、無性に笑えた。
なぁ、お前は今、どこにいる?
お前がいねぇと、我が軍は総崩れになっちまうぞ。
【大将視点】
アイツが行方不明になって、約二ヶ月後。
少尉から無線で「曹長を発見した」と、吉報(きっぽう=嬉しいお知らせ)が届いた。
「マジかよっ? やったぁああぁっ!」
「よっしゃぁぁぁ! 良くやったっ!」
それを聞いた俺と中将は、大喜びした。
あんまり嬉しくて、ハイテンションで、全体放送までしちゃったもん。
そしたら、駐屯地中、もうお祭り騒ぎ。
みんな歓声を上げて、祝砲(しゅくほう=祝意を表して発砲すること)まで上げちゃう有様だ。
アイツが、どれだけみんなに愛されてるのかってのが良く分かった。
それでまたテンション上がっちゃって、みんなで笑い合った。
でも、戻ってきたアイツは、とても喜べる状態じゃなかった。
着ている軍服はボロボロで、全身真っ黒に汚れている。
しかも、窶れてて、衰弱しきっていた。
ホントに生きてんのかって疑うぐらい、悲惨な姿。
あまりの痛ましさに、迎えに集まった全員が言葉を詰まらせた。
さっきのお祭り騒ぎが嘘のように、静まり返る。
即席の担架で運ばれてきた曹長の為に、全員無言で医務室への道を開けた。
医務室の扉が閉じられると、詰めていた息を大きく吐き出した。
「なんで、あんなヒドい状態になってんの……?」
「知らん」
俺のつぶやきに、横にいた少尉が首を横に振って短く答えた。
そりゃ、見ただけじゃ分からんわな。
意識が戻ったら、本人に聞くしかない。
でも、あんな容態じゃ無理だよな。
しばらくは絶対安静で、回復を待つしかない。
とりあえず、アイツが生きて戻って来たことを喜ぼう。
「いやぁ~、安心したら腹が減ったわ」
今までずっと気が滅入っていた中将に、笑顔が戻った。
中将が、メスホール(Mess hall=軍の食堂)へ向かって歩き出す。
最近、中将は心労で痩せちまったから、食欲が湧くのは良いことだ。
俺も自然と笑顔になり、横を並んで歩く。
「よっしゃあ! 俺も一緒に、飯食いに行っちゃるっ!」
「てか、てめぇ、デブったろ? ダイエットしろ」
「今、俺のこと、デブって言った?」
「言いましたけど、何か? デブをデブっつって、何が悪いの?」
いつもの毒舌が戻った中将は、楽しそうに笑っている。
うん、やっぱりコイツは、こうでなきゃな。
弱音吐いて、飯食わねぇ中将なんて、らしくないぜ。
曹長がいなくなってから、神経がささくれ立ってた少尉も、元に戻ったみたいだ。
うちらの後ろから、少尉も笑顔で付いてくる。
「俺も腹減った。昼のMRE、ハズレでさ。あんま食えなかったんだよね」
「あんなクッソマズいもん、人間の食いもんじゃねぇよ」
「Materials Resembling Edibles (食べ物に似た何か)だもんなぁ~」
肩や背中を叩き合い、声を立てて笑うのは、本当に久し振り。
アイツは、ただいるだけで、みんなを笑顔にしちまう。
やっぱ、アイツはスゲェよな。
【中将視点】
今日の晩飯は、サラダバー、マッシュポテト、マフィン、グリルチキン、ミネストローネ。
飲み放題のドリンクバー。
デザートのフルーツ盛り合わせ。
体力勝負の軍の食事は、皿に山盛りいっぱい、ボリューム満点。
俺らは四人掛けのテーブル席を陣取り、それぞれ食い始める。
めっちゃ腹が減ってたから、マジ美味ぇ。
「空腹は最上の調味料である」とは、良く言ったもんだわ。
元々は、ローマ帝国時代の「マルクス・トゥッリウス・キケロ(Marcus Tullius Cicero)」とかいう哲学者が言ったらしい。
哲学者じゃなくても、腹が減ってりゃなんでも美味いのは、誰だって知ってるけどな。
俺はナイフとフォークでチキンを一口大に切りながら、少尉に問い掛ける。
「で? アイツ、どっから拾ってきた?」
「帰り道に落ちてたから、拾った」
マッシュポテトをひとくち食べて、少尉が答えた。
それを聞いた大将が呆れ顔で、ミネストローネをすする。
「『落ちてたから拾った』って、お前、犬じゃねぇんだぞ」
「二ヶ月近くも迷子になって、帰って来られなかった、バカ犬じゃねぇか」
俺が小バカにして笑うと、少尉は苦笑する。
「でも、自力で戻って来た賢いわんこだな。俺だったら、絶対戻って来れねぇわ」
「ボケジジイの帰巣本能(きそうほんのう=家に帰って来る能力)は、ぶっ壊れてるからな」
俺が少尉をからかうと、大将がフォークを置いて、難しい顔をする。
「でもさ、アイツは今まで、どこにいたんだ?」
「問題は、そこだよな」
俺も手を止めて、考え込む。
「もしかして、敵軍の捕虜になったところを逃げて来たとか?」
「奴隷のように強制労働させられて、病気で死に掛けたから捨てられたとか?」
「拷問を受けて、軍の機密情報を全部吐かされた後、用済みになって追放されたとか?」
いくら考えても、推測(すいそく=当てずっぽうな考え)に過ぎない。
答え合わせは、アイツが起きてからで良い。
俺らは、楽観(らっかん=心配する事態ではないと、気楽に考えること)してた。
アイツが帰って来たことで、浮かれてもいた。
それに、予想出来るはずもなかった。
アイツが、あんなことになっているなんて。
【隊長視点】
数日後、「曹長が目を覚ました」と、軍医から連絡があった。
大喜びで駆け付けた時には、大将も中将も医務室に来ていた。
曹長が目覚めれば、元通りになると思っていた。
でも、俺らの期待とはかけ離れた光景が、そこにはあった。
「なぁ、返事をしてくれ!」
「どうしたんだよ、おいっ」
大将と中将が、ベッドの上で上半身を起こしている曹長に、しきりに話し掛けていた。
曹長は目を開けていたが、どこも見ていない。
体を揺すっても、何も反応しない。
いくら声を掛けても、聞こえていないかのようだ。
表情が削ぎ落とされてしまったみたいに、うつろな顔をしている。
ゼンマイが切れたオモチャのように、不自然な状態で止まっていた。
焦れた中将が、曹長の目の前で「パンッ!」と、手を大きく打ち鳴らした。
「なんだよ、いきなりっ!」
「ビックリしたぁ~……っ!」
その音に、大将も俺も驚いて大きく肩を揺らした。
普通、目の前で突然手を叩かれたら、なんらかのリアクションを取るはずだ。
しかし、曹長は無反応のまま、まばたきすらしなかった。
やっと戻って来たと思ったのに、心はここになかった。
少しでもお楽しみ頂ければ、幸いに存じます。
もし、不快なお気持ちになられましたら、誠に申し訳ございません。