第二話 Trap
【隊長視点】
ひと通り偵察を終えた俺らは、建物の入り口で合流することにした。
曹長は、大きく手を振りながら、笑顔で合流地点に現れた。
「お~い、たいちょぉ~、お疲れ~ぃっ!」
「おう、お疲れさ~ん」
片手を軽く上げて、応えた。
曹長は寄って来ると、形の良い眉尻が下がる。
なんでお前はそんなに、喜怒哀楽が分かりやすいんだ。
普通、サングラスを掛けたら、もっと表情が分かりにくくなるもんだろ。
あと、声にも感情が現れるんだよね。
お前、マジで分かりやすすぎ。
「なんもなかったねぇ」
「なんもなかったなぁ」
「なんか、拍子抜け~」
「ムダに気ぃ張って疲れたし、早く帰って寝てぇわ」
俺があくび混じりに言うと、曹長は楽しげに笑う。
「アンタ、それ、いつもじゃん。早く帰って、カレー食べたぁ~いっ!」
「お前は、すぐそれだ。また、食いもんの話してる」
呆れると、曹長は子供のように言い返してくる。
「だって、腹減ったんだもんっ。隊長こそ、飯に興味なさすぎじゃない?」
「だって、飯食うの面倒臭ぇんだもん」
「『食うの面倒臭い』って、それ、人としておかしくない?」
「あ~……でも、今はなんかリンゴが食いてぇなぁ」
「あ、俺も、リンゴ食いたい!」
「切って皮剥くの、面倒臭い(めんどい)し、まるかじりしたい」
「分かるわぁ~。やっぱ、リンゴは、まるかじりだよね~!」
「リンゴは、皮ありこそ至高だと思うんだよね。皮の部分も含めて、リンゴは美味い」
「まるかじりって、なんか贅沢な気がしない?」
「するする」
そんなくだらない会話をしながら、車が迎えに来る地点へ向かう。
突然、曹長が足を止めた。
緊張した面持ちで、黙って空を見上げている。
曹長の変化に、俺も足を止める。
「どうした?」
「この音は……『B-52(ストラトフォートレス)』だ! 戻るぞっ!」
曹長が全速力で、来た道を戻っていく。
俺は慌てて、その背を追う。
「まさかっ!」
「俺だって、まさかと思いたいわっ!」
コイツは、耳が良い。
「対空砲」の異名を持ち、航空機を撃墜させることにかけては、右を出る者はいない。
発見から撃墜まで、わずか数秒。
狙撃の腕に関しては、絶対的な信頼を置いている。
コイツが確信を持って言うからには、間違いない。
「B-52」は「ボーイング社」が開発し、アメリカ空軍に採用された戦略爆撃機。
愛称は「ストラトフォートレス(Stratofortress=成層圏の要塞)」
使用される兵器は「バンカーバスター(Bunker Buster=地中貫通爆弾)」
「テキサス・インスツルメンツ社」の防衛システム、および電子グループに開発された。
爆撃範囲が広いので、近くに建物があったら避難すべき。
建物へ逃げ込んでも「貫通爆弾」の名の通り、天井も壁も貫通するので油断ならない。
まもなくB-52が、豪速で飛来してくる音が聞こえてきた。
俺らは、急いで建物へ飛び込む。
バンカーバスターが投下され、凄まじい爆撃で、建物がめちゃくちゃに壊される。
爆撃と、崩れてくるコンクリートの瓦礫から、必死に逃げ回る。
建物に使われた形跡がなかったのは、これが目的だったのか。
たったふたり殺す為に、こんなもん出してくるとか、バカかっ!
もしかして、潜入部隊が壊滅させられたのも、これが原因か?
俺の体は、爆発に吹っ飛ばされ、窓ガラスを突き破り、外へ放り出された。
受け身を取ることすら出来ず、地面へ叩き付けられる。
爆撃の衝撃で、意識を失ってしまった。
どれぐらい、気絶していたのだろう。
肌を焼く炎の熱気と、全身に激痛を感じて、意識を取り戻した。
焦げ臭い煙を吸って、むせた。
最悪の目覚めだ。
あれから、どうなった?
顔を上げると、建物は跡形もなく崩れ去り、完全に炎に呑まれていた。
激しく燃え盛る炎、立ち昇る黒々とした煙、飛び散る火の粉。
これじゃ、逃げ出すことも絶望的。
あの建物には、曹長もいたはず……。
いや、きっと曹長は無事だ。
俺と同じように、外へ逃げたに決まっている。
繋ぎっぱなしになっている無線機へ向かって、呼び掛ける。
「おい! 返事をしろっ! 頼む、返事をしてくれっ!」
何度呼び掛けても、ノイズしか聞こえない。
もしかすると、外へ逃げたは良いけど、怪我で動けなくなっているのかもしれない。
痛む体を無理矢理起こし、周囲を探す。
だが、曹長はどこにもいなかった。
まさか、逃げ遅れて、瓦礫に圧し潰されたんじゃ……。
音を立てて焼け崩れる瓦礫の前で、呆然と立ち尽くした。
【曹長視点】
俺と隊長は、急いで建物の中へ飛び込んだ。
この周辺に、他に逃げ込める建物はない。
敵さんは、俺らがこの建物へ逃げ込むことを想定していたんだ。
敵さんの思惑通り、まんまと罠に引っ掛かってしまった。
まさに、袋のネズミ状態。
無数の「バンカーバスター」が投下されて、必死に逃げ回るしかない。
当然、仲良く逃げるなんてことは出来なくて、隊長と離れ離れになってしまった。
コンクリート製の建物は、「バンカーバスター」による攻撃で穴だらけ。
大量の瓦礫の欠片が落ちてきて、体に当たる。
気が付いたら、逃げ場がなくなっていた。
見渡す限り、瓦礫の山が出来てて、しかも炎の壁に周囲を囲まれている。
硝煙と火災による煙が立ち込めていて、ほとんど何も見えない。
炎による熱で、室内温度も上がり続けている。
全身を焼かれているみたいに、肌が痛む。
息を吸うと、熱い空気が入ってくる。
熱さで汗が止まらないのに、すぐに乾いていく。
まるでサウナにいるような……いや、そんな生易しい熱さじゃない。
巨大なオーブンの中で、焼かれているみたいだ。
このままここにいたら、丸焼きになっちまう。
口元を覆って、低姿勢を取っているけど、煙とガスをかなり吸ってしまった気もする。
熱く乾いた空気を吸い込んだ喉が痛くて、咳が止まらない。
意識も、朦朧としてきた。
熱い、苦しい、痛い……もうダメだ、死ぬ。
隊長の姿は、どこにも見えない。
隊長は、無事に建物から逃げられたかな?
すみません、隊長。
俺、ここまでみたいです。
今まで、ありがとうございました。
そう、諦めた時だった。
何気なく、床に手を着いたら、何かに触れた。
煙で視界が不明瞭(ふめいりょう=ハッキリしない)な中、床に顔を近付けて目を凝らす。
良く見れば、床に手のひらサイズの金属部品が埋まっていた。
金属部品を押すと、部品が一回転して、引手(ひきて=扉を開閉する時に、引っ張る部分)が現れた。
引手に手を掛けて引っ張ると、ハッチ(hatch=船の貨物倉の物資の出し入れ、あるいは人の出入りの為、甲板に設けられる開口部)のように、四角く切り抜かれた床が、蓋のように持ち上がった。
切り抜かれた床の裏は、分厚い鉄板でかなり重い。
穴を覗き込むと、鉄製のはしごが壁に固定されていた。
でも中は暗くて、何があるか分からない。
たぶん、地下室か、地下貯蔵庫だろう。
よっしゃ! ラッキーッ!
幸運の女神は、まだ俺を見捨ててはいなかったっ!
とりあえず、ここに一時避難しよう。
迷っている暇はない。
素早く穴へ逃げ込み、煙やガスが入って来ないように、中から蓋を閉めた。
懐中電灯を点けて、室内を見回す。
思った通り、ここは地下貯蔵庫のようだ。
しかし、中には何もなかった。
コンクリート打ちっぱなし(コンクリートが剥き出しの壁や床)の部屋が、ひとつあるだけだ。
使われた形跡はなく、空気は淀んでいる(よどんでいる=どんよりと、にごっている)。
幸い、ハッチを閉めれば、煙もガスも炎も入って来なくなった。
よし、爆撃と火災が収まるまで、しばらくここでやり過ごそう。
【大将視点】
遅い、遅すぎる。
ただの偵察に、どんだけ掛かってんだよ。
なんだか、胸騒ぎがする。
何かあったのかもしれない。
俺の予感は、良いことも悪いことも、高確率で当たるんだよね。
考えたくないけど、最悪の事態を考えちまう。
中将も心配してるみたいで、時計をチラチラ見ている。
自分の中だけに留めておくことが出来なくなり、中将に声を掛ける。
「なぁ、いくらなんでも遅すぎじゃね?」
「何チンタラやってやがんだ、グズ共め」
中将の声には、焦りの色が濃く出ている。
壊滅した潜入部隊のことを、思い出しているのかもしれない。
あの時も、潜入部隊がなかなか帰還しなくて、中将はイラ立っていた。
俺と中将は、曹長と少尉の無事を信じて、待つことしか出来ない。
しばらくすると、執務室の扉をノックする音が聞こえた。
「失礼します」
低い声と共に入って来たのは、少尉だった。
「おおっ! やっと帰って来たか! 遅かったじゃんっ!」
少尉が帰って来たことが嬉しくて、俺は大喜びで駆け寄った。
だが、少尉の格好は、お世辞にも無事とは言えなかった。
何があったのか、満身創痍(まんしんそうい=全身傷だらけ)。
医務室で手当てを受けてきたのか、真新しい包帯が巻かれている。
少尉は、いつになく暗い表情で、応接セットのソファに深く腰を掛けた。
俺と中将は、少尉の向かいに座って問う。
「何かあったのか?」
「アイツが……死んだ」
低い声で、少尉が短く答えた。
そんな、まさか。
最悪の予感が、当たっちまった……。
全身の血液が逆流するような、恐怖と絶望を覚えた。
中将が取り乱した様子で、少尉を問い詰める。
「『死んだ』って、どういうことだっ?」
「B-52が、爆撃してきたんだ」
「なん……だと……?」
「絨毯爆撃(じゅうたんばくげき=隅々まで、爆弾で攻撃)」で、有名な戦略爆撃機。
なんで敵軍は、そんな大げさなもんを、出して来たんだ?
俺が驚きつつ聞き返すと、少尉は俯いたまま、ぽつりぽつりと語り出す。
「俺は、なんとか建物から脱出出来たんだけど。たぶん、アイツは崩壊に巻き込まれて……」
少尉はそこまで言うと、自分の顔を両手で覆って、黙り込んでしまった。
中将は、身を乗り出してさらに問う。
「『たぶん』ってことは、遺体を確認してねぇんだな?」
「でも、建物の周りにアイツの姿はなかった。だから、逃げ遅れたんじゃねぇかと……」
「まだ、死んだとは限らねぇだろ? アイツは絶対生きてるって、俺は信じるっ!」
少尉に言い聞かせると、中将も大きく頷く。
「アイツは、殺しても死なねぇよ。そんな簡単に、諦めんな」
「……ああ、そうだな」
少尉は、両手で覆っていた顔を上げて、弱々しく笑った。
【中将視点】
「雑魚ばっかになっちまうけど、良いのか?」
「探せるんなら、なんでも構わん」
曹長を見つける為、新たに捜索部隊を結成することになった。
人手不足には違いないが、入隊したてのピッカピカの新兵なら、いないこともない。
そんなこんなで「Spectes二軍支援部隊(仮)」として、新兵ばっか寄せ集めた小隊(しょうたい=歩兵分隊の標準編成は十名)を結成してやった。
そしたら、新兵どもは、そりゃもう大喜びよ。
我が軍最強の「Specters」に、憧れる新兵は少なくない。
仮とはいえ、小隊長を務めるのは「Specters」の隊長。
憧れの「生きる英雄」と組めるなんて、新兵にとっちゃ夢のような話だろう。
俺から見りゃ、戦闘狂のボケジジイだけどな。
こうして「二軍支援部隊(仮)」は、曹長捜索へ向かった。
使えねぇと思っていた新兵どもは、地味な捜索作業でも文句ひとつ言わなかったそうだ。
何しろ、尊敬する小隊長様が、率先して働いてるんだからな。
全員で力を合わせて、黒こげになった瓦礫をひとつずつ撤去。
瓦礫を全部撤去した結果、曹長の遺体は見つからなかったらしい。
「二軍支援部隊(仮)」の報告を受けて、確信を得た。
少なくとも、曹長は死んでいない。
何か理由があって、どこかに身を潜めているか。
それとも、敵軍の捕虜になったか。
行方不明には変わりないが、生きている可能性がある。
それだけで、希望の光が見えた。
だが、それからが長かった。
近くの森から捜索を開始したが、手掛かりは何も掴めなかったんだと。
範囲を少しずつ広げても、成果は得られなかった。
こうして苦労空しく、時間だけがイタズラに過ぎていった。
少しでもお楽しみ頂ければ、幸いに存じます。
もし、不快なお気持ちになられましたら、誠に申し訳ございません。