第一話 Something
大将と中将と少尉と曹長は、同郷の誼(どうきょうのよしみ=同じ土地の出身で、親しい関係)で階級を越えた親友同士である。
【中将視点】
度重なる戦闘で、我が軍は人員が不足している。
先日、潜入部隊が敵さんの策略にまんまとハメられて、大損害をこうむった。
潜入部隊は、命からがら全員帰還したものの、仲良く医務室送り。
実質、潜入部隊壊滅(かいめつ=丸ごとダメになった)。
現在は、他の部隊から潜入任務に向いてそうなヤツを選抜、一時的に代わりを務めさせている。
新兵が補充されても、雑魚ばっかで使えない。
訓練を積んでいない新兵なんか前線に立たしたら、まず戻って来られない。
一人前の兵士を育てるには、人材育成には膨大な資金と時間が掛かる。
使えるヤツは、傷も塞がらないうちに、戦場へ戻される。
使えるヤツばっかが、割を食う(わりをくう=損をする)最悪な状況だ。
兵達が疲弊(ひへい=疲れてくたびれてる)しているのが、見て取れる。
出来れば休暇を与えてやりたいが、今の我が軍にそんな余裕はない。
敵さんが、水面下で何か企んでいるのも、チラ見えしてる。
だが、対策部隊を割くことも出来ないくらい、圧倒的に人手が足りない。
ジリ貧(じりひん=「ジリジリと貧しくなる」の略で、だんだん状況が悪化していく)だ。
司令官として、頭の痛い戦況が続いている。
いったい、どうすれば良いんだ。
悩んだ末に、役職付きの各部隊長を招集して、戦略会議を行った。
会議には、大将と、少尉も参加している。
「Specters」はふたりしかいねぇけど、少尉も一応「Specters」の隊長だからな。
話し合いの結果、対策部隊は「Specters」が割り当てられた。
「人手不足」が最大の理由ってところが、なんとも情けない。
どこの隊も「人手が足りない」と、悲鳴を上げている。
背に腹は代えられず、結局それで話が通ってしまった。
一般的に陸軍は、専門分野に分かれた部隊で編成され、運用される。
「特殊精鋭部隊」は「任務の遂行」が最重要事項で、少数精鋭の一個部隊として編成される。
「特殊精鋭部隊」と言えば聞こえは良いが、要は「特殊な訓練を受けたなんでも屋」
使い勝手が良いから、どんな任務にも使える。
つまり「Specters」だけが、単独で動けるってこった。
ちくしょう……面倒ごとは、なんでもかんでも全部「Specters」に押し付けやがって。
少尉は戦闘狂だから、とりあえず戦場を駆け回れれば良いらしい。
曹長も「人使いが荒いですね」と、愚痴りながら従うだろう。
ふたりとも愚直(ぐちょく=バカ正直)に、戦場の最前線を駆けていく。
「Specters」は、機動力(きどうりょく=状況に応じて、素早く活動出来る能力)が高く、任務達成率も高い。
我が軍の兵どもは全員、「安全神話(証拠や裏付けもないのに、絶対に安全だと信じられている事柄)」みたいに「Specters don't die.(バケモノどもは死なない)」と、思っている。
どいつもこいつも、バカばっかりだ。
今まで生還してこられたのは、運が良かっただけだ。
「Specters」だって、ヘマすりゃ簡単に逝っちまう、ただの人間なんだぞ。
少尉と曹長が死んじまったら、どうなる?
誰が、アイツらの穴を埋められる?
レンガの壁じゃあるまいし、代わりを埋められるものが、他にあるものか。
なんで、アイツらばっかり。
アイツらは、俺の大事な親友なのに。
アイツらが、強くなければ良かったのに。
でも、「Specters」がいなければ、我が軍は……。
戦争に、私情は持ち込めない。
分かっている、頭では分かっている。
分かっていても、納得は出来ない。
どうにもならない、どうにも出来ない。
奥歯を強く噛み、拳を硬く握り締める。
俺は、肩書ばっかり偉いだけの、無力な中将だ。
【少尉視点】
「……って、ことになったから」
「『なったから』っ? 『なったから』って、どういうこと?」
会議の結果を話したら、曹長が不服そうに眉間に皴を寄せた。
「仕方ねぇだろ? どこも人手不足なんだから」
「それは、分かってるけどさぁ……」
納得いかない顔で、曹長がブツブツと愚痴を言っている。
俺らは、ただの兵士。
上からの命令は、絶対。
命令が下されたら、やりたくなくてもやらなきゃならない。
でも、不平不満を抱くのは個人の自由だし、愚痴りたければ好きなだけ愚痴れば良いんじゃね?
ただし、人目のあるとこでは、あんま言うなよ。
まぁ、言っても良いけど、聞こえないように気を付けろよ。
俺らはその日のうちに、装備を整え、出撃することになった。
陸上支援部隊の隊長さんに、軍用小型四輪駆動車(屋根なしジープ)で目的地付近まで送ってもらう。
揺れる車上で、曹長が改めて任務を確認する。
「え~っと……今回の任務は『なんか企んでるらしい敵さんの偵察』?」
「まぁ、そんな感じかな?」
「何それ? ふわっとしてんなぁ。それって、どうしたら任務成功なの?」
「たぶん『なんか掴んで来い』って、ことだろ」
「『なんか』って、アバウトすぎない?」
「上も、なんか分かんないんでしょ」
「『なんか』ってなんすかね?」
「なんなんだろうなぁ?」
「なんか俺、訳分かんなくなってきたんですけど」
「俺もなんか、混乱してきた」
俺らは、顔を見合わせて、ふたりで笑った。
曹長は、クソみたいな歌を歌ってご機嫌だ。
「Something,Something,What is something♪(なんか、なんか、なんかってなんなのかなぁ~)♪」
「うるせぇな」
俺が白い目を向けると、曹長は楽しげに笑って問い掛けてくる。
「ねぇ、隊長?」
「何?」
「今回の作戦は?」
曹長が意味ありげな笑みを浮かべたので、俺も口の端を上げる。
「突っ込む」
「OK!」
このやりとりに、特に意味はない。
いわゆる「お約束」ってヤツで、作戦なんてもんはない。
俺らの使命は、「生きて帰る」ただそれだけだ。
目的地へ着くと、俺らは車から降りた。
支援部隊の隊長さんが「ではまた後程、迎えに参ります。ご武運を」と、敬礼して走り去った。
俺らも敬礼を返して、遠ざかっていく車を見送った。
「じゃあ、その『なんか』を探しに行きますか」
「そうだな」
降り立った場所は、三階建て鉄筋コンクリートビルの前。
横から見ると、白くて四角い箱みたい。
もちろん、向こうからは見えない暗い森の中に潜んでいる。
匍匐前進で移動しながら、こそこそ小声で話し、様子を伺う。
「俺、潜入捜査は、苦手なんだよなぁ……突っ込みたい」
「おい、偵察任務ってことを、忘れんなよ」
「分かってるって。よし、お前はそっちから突っ込め。俺は、こっちから突っ込む」
「……って、結局、突っ込むんかいっ!」
「なんも分かんねぇんだから、突っ込む以外ねぇだろ?」
「はいはい、分かりましたよ。アンタ、とりあえず、突っ込みたいんでしょ。じゃ、また後でね~♪」
「おう、またな」
お互い、軽く手を振って、二手に分かれる。
監視カメラの位置を確認して、音を立てずに建物へ侵入する。
「お邪魔しま~す……って、誰もいねぇじゃん」
建物の中は真っ暗で、人の気配は感じられない。
でも、警戒は怠らず、慎重に歩みを進める。
本当に誰もいないし、何もない。
ザッとひと部屋ずつ確認してみても、最近使われた形跡もない。
その証拠に、全てに白い埃が積もっていた。
一階をひと通り回ったところで、繋ぎっぱなしになっている無線から声がする。
『隊長、そっちはどうよ?』
「こっちは、なんもないし、誰もいない。そっちは?」
『Nothing,Nothing,Nobody here(何もない、何もない、誰もいないよ)♪』
例によって、クソみたいな歌を歌ってやがる。
まったく、相変わらず、のんきなものだ。
「お前、今どこにいんの?」
『隊長が一階から調べると思ったから、俺は上から調べようと思って、今は最上階にいるよ』
「階段にも、誰もいなかったか?」
『いなかったねぇ。監視カメラも動いてないっぽいし、電気来てないんじゃない?』
「ふぅん、そっか。じゃあ、もうちょっと探索して、マジでなんもなかったら、帰るか」
『OK!』
結局、何も見つからず、肩透かしを食らった気分だ。
上の人間の、取り越し苦労か?
人間は精神的に余裕がないと、過剰に心配して、自分で自分を追い詰めてしまう。
何もないなら、ないに越したことはない。
せっかく出向いたのに、戦えないのはつまんないけど。
今回の任務はただの偵察だし、こういうこともあるか。
【大将視点】
執務室には、万年筆を走らせる音だけが聞こえている。
書類にひとつひとつ、簡単に目を通し、万年筆でサインを書き入れていく。
万年筆の握りすぎで、指にペンだこが出来ちゃって、めっちゃ痛ぇ。
単調な作業の繰り返しで、つまんない。
面白おかしい仕事なんて、ないけどさ。
「戦局に応じて、増兵して下さい」って申請ばっかで、もううんざり。
人員不足なのは、どこも同じだっての。
なのに「即戦力になる兵が、ひとりでも多く欲しい」とか、我儘言いすぎ。
そんなに欲しけりゃ、入隊したばっかの新兵を、いくらでもくれてやる。
一から、好きなだけ育てりゃいいじゃん。
将来、良い兵士になるに違いないよ。
とりあえず、新兵を配属しといたろ。
猫の手も借りたい状況なんだし、新兵でもいないよりはマシでしょ。
文句があっても、ワシャ知らん。
人員不足で苦労してるのは、中将も同じ。
どこに、どの部隊を配置するかで、いつも頭を悩ませている。
こないだ、威力偵察へ行った潜入部隊が、壊滅したしな。
「威力偵察」ってのは、軍事作戦における情報収集手段のひとつ。
敵の位置が分からない時に、なんとなく怪しい場所へ試しに攻撃してみること。
ヒットアンドアウェイ(Hit and away=攻撃したら、すぐ逃げる)が、要求される。
壊滅した理由は、たまたま連携が上手くいかなくて、逃げ遅れたかららしい。
その「たまたま」で、命を落とす兵士は大勢いる。
幸い、潜入部隊は戦闘不能に陥ったのみで、全員どうにか帰還したけど。
「俺のミスだ」って、自分を責めてた中将が、マジで痛々しかった。
もちろん潜入部隊は「自分達のせいです」って、平謝りしていた。
どんなに総司令官が有能でも、兵達が作戦を行動に移せなきゃ意味がない。
部下がミスをしたら上司が責任を負い、成功したら「部下の手柄」と、ちゃんと褒める。
これを実行出来る理想の上司は、意外と少ない。
中将は、口は悪いけど信頼出来るから、部下達は安心して命を預けられる。
そんな中将を見てると、サボる訳にもいかず、万年筆を走らせるしかない。
高く積み重なった書類を、一枚ずつ処理していく。
まだ、かなりあるなぁ。
これを見るだけでも、げんなりするわ。
でも、地道にやるっきゃない。
「Specters」だって、頑張ってるんだ。
三〇分くらい前、「Specters」は偵察任務で敵の拠点へ向かった。
新しいゲームを買ったから、曹長と少尉と中将とみんなでやりたいんだ。
だから、任務なんて早く終わらせて、早く帰って来いよ。
絶対無事で帰って来るって、いつだって俺は、お前らを信じてるぞ。
【中将視点】
大将は、やりゃあ出来るのに、なんでやんねぇのよ。
山程貯め込むから、ヒーコラ言いながら、やるハメになんだぞ。
という俺も実は、報告書の期日を忘れてて、ギリギリだったってことがあった。
曹長も少尉も、報告書の提出が遅い。
認めたかねぇけど、うちら全員、なんだかんだ言っても似た者同士だからな。
妙なところで、気が合ったりすんだわ。
バカやって笑い合える、愛すべきバカ共。
じゃなきゃ、階級越えて友達なんてやってらんねぇよ。
今回の「なんか企んでるらしい敵さんの偵察任務」は、何も指示を出せなかった。
情報が何もねぇから、戦略らしい戦略も立てられなかった。
潜入部隊が壊滅してなけりゃ、こんなことには……クソ。
まぁ、「Specters」だって、今まで何度も偵察任務をこなしてきたんだから、大丈夫だろう。
脳筋が一番苦手とする任務で、時々やらかしちまうが。
曹長が、上手いことやって、情報を持ち帰ってくれるはずだ。
肉体派と頭脳派、正反対だから、お互いの欠点を補って、役割分担が出来る。
ひとりでは出来ないことも、ふたりなら上手くいく。
これまで上手くやってきたからといって、これからも上手くいくとは限らねぇ。
だが、期待せずにはいられない「何か」がある。
今頃、潜入調査で苦戦してるであろう、「Specters」を思い浮かべる。
俺だって、ただ指を咥えて待ってるだけじゃない。
俺には、俺にしか出来ないことがある。
戦場に立つアイツらが、無事戻って来られるように、次の戦略を練る。
兵力に差があろうと、戦略次第でどうとでもなる。
知恵ある軍師の戦略で、少人数で軍勢に勝利した戦いは、過去にいくらでもある。
先人の英知(えいち=最高の優れた認識能力)に学べ。
俺のミスで、「Specters」にもしものことがあったら、絶対死ぬほど後悔する。
いくつもの可能性、いくつもの戦略を考え、最善策を導き出す。
今後、どう攻めるかは、「Specters」に掛かっている。
少しでもお楽しみ頂ければ、幸いに存じます。
もし、不快なお気持ちになられましたら、誠に申し訳ございません。