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止林学事件

 何とも言えない事件。


 他にどう形容しようもない。



 確かなのは、彼の力によって日本と言う国、いや世界が平和になろうとしていると言う事だけである。








 その男の名は、止林学。




 三十二歳、元サラリーマンにして無職。




 そんな男は今、土臭い警察署の中で笑っていた。


「お前は自分がやってることが虚しいとか思った事はないか」

「皆目ない」

「そこまでしてくれたご両親は何千万円と言う金を注ぎ込みお前自身も何百時間と学問につぎ込んで来たんだろう」


 そんなお説ごもっともな説教をした刑事のスマホが急に鳴り響いた。


「はあ……まったく、俺はこれでもこの道一筋十六年だったんだぞ」



 —————この十日間で十度目、と言うか十人目だった。



「はいもしもし今仕事中でありますが、え、はいはいそんな所など行かず十八歳から警察学校を経て今は○○署勤務……ああ、切れた」

「どうしたんです刑事さん」

「で、ほどなく判決が出る。おとなしくしていろ」

「はい」


 学がいやになるぐらい明るく返事をしたのと対照的に、刑事の顔はすっかり暗くなった。叩き上げのつもりだったはずのに、いきなりスーパーエリートになったのだから。

 そしてこの警察署の、最後の警官だった。







「ついに自殺か……」

「これもまた、因果応報、なんですかね……」

「しかしさ、今じゃ日本人は世界中でバケモノかカミサマ扱いだよ」

「正確には少し違いますけどね」


 そのころ、東京新橋では二人のビジネスマンがスマホのニュースを見ていた。


「一人の男性が自殺。遺書に曰く「その時は面白いと思っていた」」


 そんな見出しのニュースを流し読みしながら、月給の千分の一のチャーシュー麵をすすった。




 事の始まりはちょうど二週間前。




 世界中にいきなり数十万人の日本人が飛び散った事に始まる。




 彼らは皆、すさまじいまでの能力を見せた。




 ある者は世界の紛争地域に乗り込み百発の銃弾を受けながら無傷で立ち、またある警官は近くにいただけで自爆テロは全て失敗。

 またある日本人がパソコンのキーボードを押しただけでコンピューターウィルスは全滅し、さらにハッキングツールも消滅した。

 国内でもいきなり振り込め詐欺の本部に現れては警察を導き一網打尽にし、ブラック企業の本丸に現れてはあっという間に社長以下幹部を説き伏せてホワイト化。

 その挙句、ペット病院では死にかけたペットを手で触れさせるだけで蘇生させ、交通事故で死にかけていたはずなのに彼らがいるだけであっという間に傷口が塞がり、さらに壊れかけた橋すらも直った。


「こんな力を持つ存在の99.99%がニッポン人だからさ、こんな国とは誰も戦えねえって事で世界中みんな折れちゃって」

「もはやニッポンは世界の盟主だよ」

 

 農業・漁業・エネルギー資源さえもニッポン人が来るだけで改善し、草木一本生えない荒野は実り豊かな草原に変わる。

 そんな存在を無下にできる存在など、もはやどこにもいないのだ。


「そんな存在の第一号を傷つけた奴への反動、それがこれからの社会問題になるかもな」

「ああ……」




 ビジネス誌の表紙を飾る、若きスーツ姿の男。



 清水雅人。


 彼からかつて昼食の弁当を奪い取ってゴミ箱に投げ捨てた男が、昨日自殺した。

 既に数十名単位の犠牲者が生まれ、今ではもっとも恥ずべき日本人、国民的犯罪者として取り上げられている。

 

「中卒からたたき上げて出世してその営業力で前社長にも見込まれててさ」

「それであの男に……必要以上に気にいられてさ」

「それで聖地箱根か」


 聖地箱根。そこは今からちょうど二月前の事だ。




 当初彼は上司に○○旅館社員全員分の予約を取らされていた。


 だが中卒の彼の出世に不安感を抱いていた彼は実際には自分の手で××ホテルを予約、社長たちをそこへと導いたのだ。


 当然の如く彼は社長の不興を買い、その結果左遷を命じられ、その後一か月で退職。




 そして無職となった彼は、あの行いに出たのだ。


「自分一人だけがあんな事になっても、それ以外は違うって言いたいんだろ」

「そうだね。遺伝子的に同じでもきょうだいの出来が同じとは限らないからね」




 赤門へと突進した彼は、全ての制止を振り切り学長室へと突撃。

 清水雅人に母校の学位を与えよと迫り、そのまま逮捕された。




 このあまりにも意外な事件以降、奇跡は起き始めたのだ。




「学長は拒否しようとしたんだろうな」

「でもあっという間に奇跡が奇跡と言えなくなるほどの事件の連発だよ。それで心がボッキリ行っちまったんだろうな」


 学問の自由が、入試の意味が、学生の意味が、とか言う全くそれらしい言葉を踏みにじるような奇跡、奇跡、奇跡。




 そしてそれは、清水雅人自身にも起きていた。




 その事件の翌日、彼は障碍者養護施設の前を歩いていた。




 その彼の体から光が飛び出し、施設の入居者たちを包み込んだ。


 すると彼らは全て、車椅子も松葉杖も補聴器も不要な肉体になっていた。


 まったく作り話そのものの展開だが、実際に起きてしまったのだ。真実ほど強い証拠などどこにもなく、それゆえに頑迷な存在をさいなむ。




 学長は、清水雅人に卒業したと言う証明を与えた。


 当然反発は相当に大きかったが、その反発した勢力もまた世界中に飛び散りマフィアを二日で根絶させた結果、全ての言葉がデモデモダッテになってしまった。




 彼らは今や、ただの学問の徒ではない。もはや、世界の支配者だった。




 このまま放置して自分たちがもっと恐ろしい物になるよりと言う事なかれ主義が反対者たちの心を折り、清水雅人への学位を認めた。




「それからはもう、量産型卒業生のオンパレード」

「少しでも立派な方は即最高学府卒業生様」

「そのせいで助かった人もいるけどな」


 清水雅人をいじめて中卒にさせた中で、ただ一人助かった存在。




 その女性もそう、止林学と同じ東京大学出身だった。




 ゆえに彼女は白い目を向けられながらも、日の当たると言うか日となって世界を照らしている。


 具体的には、南米にて麻薬を体中から出す光線によって根絶している。




「結局さ、彼が東大卒じゃないのがいけなかったんだよって」

「素直にそう言えばいいのにさ、あの社の前社長も案外と人の話聞かねえんだよな」


 彼ら二人の二流大卒の凡人は、凡人でいるために口をつぐんだ。




 —————三日前この学歴厨と口を滑らせたせいで北極へ行き、「トーダイオービー」となって地球温暖化を拒むかのように北極の氷を増やしている同僚の事を頭から追い出すように。

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