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神算鬼謀 謀聖 尼子経久

 時は経久が死んだその日、月山富田城内に遡る。

 尼子一族と重臣たちが評定の間にて額を合わせる。重苦しい空気が流れる中、亀井(かめい)秀綱(ひでつな)が皆の度肝を抜く一言を口にした。


「すぐに大殿の死を近隣諸国に触れ回りましょうぞ」

「な、何を血迷うた事を! そんな事をすれば出雲国内の国人たちも大内に靡くぞ!」

「左様! 我等が動揺する間に攻め込まれたらひとたまりもないではないか!」

 一同がざわめくが、秀綱は素知らぬ顔で続ける。


「どのみち大内の大軍が攻め寄せれば遅かれ早かれ寝返るであろうよ。それに動揺すること無かれ。策はあり申す」

「亀井。その方まさか、大殿から何か言付かっておるか?」


 当主、晴久(はるひさ)が問うと秀綱は神妙な顔でゆっくりと頷いた。

 

「その通りにございます。亡き経久公は先の戦いで敗れた際の策謀を巡らせておりました。これは経久公が遺された最後の謀にございまする」

「大殿の死を知らせるという事は早期に攻めさせるという事か。何故その様なことを?」

「先の戦の敗戦後、大内方に寝返った国人の中には経久公の息の掛かったものが居りまする。また、大内軍が遠征を敢行したとて、行軍が遅くなる様に経久公は大内義隆の公家文化を重んじる性格を利用し、寺社に参拝するよう仕組まれております」

「時間を稼いだところで我等に援軍は期待できぬのだ。一体何の意味がある?」


 新宮党を率いる尼子(あまご)国久(くにひさ)が苛立ちの表情を浮かべる。武勇の誉れ高い将ではあるが、謀には疎いのだ。


「いや、時を稼げば我等には強力な援軍が力を貸してくれます」

「強力な援軍じゃと? 勿体ぶらずさっさと答えよ」


 その時晴久の頭に閃きが走った。強力な援軍の正体……それは。


「寒波じゃな」


 秀綱は晴久の三白眼をじっと見据え深く頷いた。


「左様。周防から参る大内軍では、出雲の寒さに対応できませぬ。長期に渡る滞陣と寒さにより士気の低下が頂点に達した頃合いを見計らって、我等に内通しているその者等に総攻撃を仕掛けさせます。戦うと見せかけ寝返らせる事で瓦解寸前の大内軍に楔を打ち込むのです」

「さすれば動揺した出雲、石見、安芸の国人たちはこぞって我らに靡くと、そういうことじゃな」


 勝機を見出した面々の顔に生気と活力が湧き上がっている。しかし晴久は残る懸念を口にした。先の敗戦を受けて短慮だった晴久は確かな成長を遂げていた。


「遠征を見送られたり見破られる可能性は? 例えば、大殿死亡の流布が却って怪しまれるということはないのか?」

「流石は殿。その懸念を経久公は申されておりました。しかし、大内家中は武断派と文治派の対立が著しく、慎重論を唱える文治派を黙らせ遠征を強行するには経久公の死は格好の材料となると仰せでした。それからこの策謀が見破られないかの懸念について」

「ふむ」

「唯一この謀を見破る可能性のある者は毛利元就をおいて他にないと経久公は仰られた。しかし一介の国人領主に過ぎぬ元就に大内を動かす力はない故、心配には及ばぬと」

「どこまでも抜かり無しとは……正に鬼の謀よ」

「士気が下がりきり戦意を喪失した大内軍はここに至って一目散に退却を開始するでしょう。これが経久公の正真正銘最後の命令なり。皆心してお聞き下され!」



一兵(いっぺい)たりとも生かして、この出雲から帰すな!!』







 城門が開け放たれると攻め掛かるはずであった吉川(きっかわ)興経(おきつね)勢が堂々と入城を果たしてしまう。

 理解の追い付かぬ大内軍中では吉川勢が月山富田城を攻略したのでは、と淡い期待すら抱いた。が次の瞬間、城門から吉川勢と共に満を持した尼子勢が怒涛の勢いで打って出てきたのだ!

 この光景を目の当たりにした出雲、石見、安芸の大内方国人十三部隊の内、実に七部隊が一斉に離反。一万もの軍勢が一瞬で尼子方へと寝返った。


「大内義隆! 生きて周防へ帰れると思うなッ!」

「借りは返させてもらうぞ毛利元就ッ!」


 新宮党を率いる尼子国久、誠久(まさひさ)親子が大音声を轟かせ、襲い掛かる。

 恐慌状態に陥り戦うどころではない大内軍は潰走して逃げ惑った。


「全軍退却! 殿(しんがり)は毛利元就と小早川(こばやかわ)正平(まさひら)に命ずる!」


 義隆が号令を下し大内軍は全軍撤退となった。尼子軍の追撃は激しくこの撤退の最中、義隆が寵愛した養嗣子の大内晴持(はるもち)が海上からの撤退中に船が転覆し溺死。

 また殿を務めた小早川正平も尼子軍の追撃によって壮絶な討ち死を遂げた。


 毛利元就も激しい追撃に壊滅的損害を受け、一時は嫡子の隆元(たかもと)と共に切腹を覚悟するまで追い詰められたが、家臣の渡辺(わたなべ)(かよう)が僅か七騎で囮となり敵を引きつけ、命からがら居城への帰還を果たした。


 この手痛い敗戦により、大内義隆は戦を恐れるようになってしまったのか、以前の精彩を欠き文弱な公家大名に成り下がってしまった。この事は後の大事件の遠因となり、大内家衰退の始まりとなってしまうのである。

 

 こうして尼子経久の仕掛けた生涯最大の謀略は尼子家を滅亡の危機から救った。その後晴久のもと尼子家は最大版図を築き上げ、中国地方八カ国守護の地位にまで上り詰めるのだった。


 一方、毛利元就はこの敗戦を生涯の教訓とし尼子経久を手本とした謀略の数々で中国地方を席巻していった。

 大内家なき後、毛利家と尼子家は中国地方の覇を巡り争うことになるのだが、それは尼子経久の物語とはまた別の話である。



     雲州の狼〜謀聖と呼ばれた男〜       

          《完》

こちらの作品は家紋範武 様主催の「知略企画」参加作品になります。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 歴史物は大河ドラマくらいしか分からないもので、毛利元就はけっこう昔のものと思ってます。 その毛利と相対する存在が主人公とあり、全く分からなかったのですか……。 歴史物に疎い私でも手に汗…
[一言] 知略企画から伺いました。 経久の知略ですね!面白かったです! 84歳まで生きられるとは、すごいですね。毛利元就が敗走を教訓にさらに知略を磨くようになったのですね。こういう歴史の連鎖を知るの…
[良い点] 本格歴史小説! これはなかなか書けない! すごい! 当時の中国地方の争いが見事に書かれています。興味深く拝見することが出来ました。 毛利元就、尼子経久両人の駆け引きが大変面白かったです。 …
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