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11日目(2) 梨と蜂蜜と不穏な夜

 銀鼠の雲が空を覆い、月明かりも届かない薄暗い森の中。小さな白銀色の光が頭上の少し上から辺りを照らす。


「これ、便利ですね」


 仄かに光る丸い球体をしげしげと見上げる。

 一段と暗くなった森で鞄からランタンを出そうとしたら、アリアさんが魔法を使って明かりをつけてくれた。半径二メートルくらいの範囲内ではあるけれど、散策するには十分な明るさがある。


「簡単な光源魔法ですから、カミツカさんもすぐに使えるようになりますよ」

「そうでしょうか?」


 便利ではあるけれど、魔法を自分が使うのはまだ慣れないし、想像もできない。笑顔で言ってくれるアリアさんには申し訳ないけど、きっと私には無理ね。


「ここだよ!」


 弾むようなニーナの声に顔を向ける。少し前からずっと漂っていた仄かな甘い匂いはより密度を上げて、強く濃く香ってくる。ふっと開けた視界の先に広がるのは、意外にもすっと伸びた黒茶の木々。見慣れたものよりも大きい薄茶の果実がたわわに実っている。


「すごいですね」


 ログハウスの近くにも梨の木はあるにはあるが、こことは規模も大きさも違う。目の前の光景に思わず感嘆する。


「ここのはね、とくにみずみずしくて、おいしいんだよ!」


 そう言うとニーナは梨の木に駆け寄る。その後をアリアさんもついていく。


「きゅ!」

「ええ、そうね」


 肩の上で急かすよう尻尾を振るりっくんに頷いて、一番手前にあった梨の木に近付く。


「大きいわね」


 目の前まで来ると、梨の大きさがより際立つ。たまにスーパーで見かける拳大のものと比べても一回りは違う。


「きゅるる!」


 目の前の梨に堪えきれなくなったのか、りっくんが声を上げて枝に飛び移る。たた、と駆け上がると自分の身体くらいの大きさはありそうな梨を器用にもぎ取る。低い位置の枝まで降りてくると座り込み、シャクシャクと食べ始めた。瑞々しく甘い香りが、ふ、と漂ってくる。

 りっくんを撫でたい気持ちを抑えて、梨の実に手を伸ばす。

 その時、ふわりと緩やかに渦巻く風がどこからか吹き抜けてきた。風の出所を探れば、アリアさんが魔法を使ったのか、ゆるゆると震えた枝から梨がそろりと落ちてくる。そのまま、すとん、とニーナの手元に収まった。


「へー。そんな風にも採れるんですね」

「物品を乾かす時の魔法の応用になります。ナーシーペアーはヘタの部分が木から外しやすいので、ちょっとした力加減ですぐ採れるんですよ」


 魔法に馴染みのあるアリアさんなりの梨狩り方法だろうけど、なかなかに便利そうだ。……まあ、私には出来そうにないけれど。

 ニーナは手にした梨を両手で持つと軽く表面を拭く。かぷり、と齧り付いた。


「んー! やっぱりおいしー!」


 笑顔を浮かべるニーナに釣られて小さく笑みが溢れる。


「お取りしましょうか?」

「あ、いえ。大丈夫です」


 近寄ってきたアリアさんにそう言うと、リュックの中からエコバッグと多機能ツールを取り出す。

 梨の実に手を伸ばすと、とす、と肩に軽い衝撃を感じて目線だけ向ける。梨を食べ終えたのか、りっくんが戻ってきた。優しく頭を撫でると、多機能ツールのナイフをセットする。

 大きな梨の一つを手に取る。ぐっと少し背伸びをすると、ヘタの部分をカットする。ごろん、と手元に転がり落ちてきた。

 ずっしりとした梨は少し表面がざらざらしているけれど、思いの外手触りは滑らかだ。ぎゅっと詰まった実はぎっしりと固い。香りはよく知るものよりも強く、甘い匂いがふわりと鼻先に届く。……うん。りっくんもニーナもすぐに齧り付いた気持ちがよく分かる。

 今すぐ食べたい衝動を堪えて、エコバッグの中に入れる。


「このナーシーペアーはそのまま食べてももちろん美味しいのですが、レーモンレモンの汁を少し加えて甘く煮詰めたり、凍らせたりするのも美味しいんですよ」

「後でレシピ教えてください」


 アリアさんの言葉に速攻で返す。何それ。確実に美味しそう。レーモンレモン……響きが似てるし、レモンで代用できるかしら。ログハウスに戻ったら絶対作ろう。そう決意を固める。

 その後はもう一つ梨を入手して、蜂蜜を取りにさらに森の奥へと入っていった。



 黒茶の木々の合間、白銀色の淡い光がほわりと周囲を照らす。深緑の葉が俄かに揺らぎ、隙間に覗く空は暗い。


「んー? あれー?」


 しばらく歩いていると先頭のニーナが首を傾げる。


「どうかした?」


 尋ねればニーナはすんすんと鼻を動かす。


「なんだかなんだか、ハチミツの匂いと一緒に変な匂いも混ざってるの。んー、なんだろう、これ?」

「匂い?」


 ニーナの言葉に周りを見回す。木の匂いに草の匂い。そよぐ風が微かに水の匂いを運んでくる。普通に森の中の、自然の匂いしか感じられない。

 ……まあ、ニーナは鼻がよかった気がするし、私がわからないのも当然かもしれないけれど。


「んー? なんだろう。なんか色々な匂いも混ざってるし。あれー??」


 ニーナは不思議そうにしながらも、木々の合間を進んでいく。

 その言葉にアリアさんも周囲を確認する。眉を顰めた。


「匂いはわからないですが、森の空気もおかしいですね。魔素の乱れを感じます」

「空気? 乱れ?」


 私にとっては相変わらず爽やかな森も、アリアさんにとっては違うようだ。周りをぐるりと見てみる。……うん。分かるわけないわね。

 その時、ブブブブ、と大きな羽音が聞こえた。驚いて顔を向ければ、小型犬くらいの大きさの蜂が大量にこっちに向かってきている。思わずその場から咄嗟に退き、ニーナたちのはるか後方に下がる。


「◇◆◇◆◆◇◇◆◇◆◇◆!」


 その中の一匹がニーナに気付いたのか、聞き取れない言葉? を発して、群れから離れてこちらに近付いてくる。


「あ、久しぶり! またハチミツを分けてほしくて。え、ダメ? え! ほんと?! それって、大変じゃん! どうしよう、どうしよう、ねえ、アリア!」

「ひとまず落ち着いて、私達にも分かる言葉で話してください」


 急に蜂と話し始めたニーナから焦った様子で話を振られたアリアさんは、冷静にそう返す。


「なんかね、なんかね、突然人がいっぱい来て、巣に近付けないように、魔法? 壁? みたいなやつで巣を覆われちゃったんだって。それでそれで、巣が消えちゃって、みんなそこから追い出されちゃったみたい。だから巣を探してこうして大移動してきたんだって」

「巣が消えた?」


 訝しげな声を上げて、アリアさんが首を傾げる。


「うん。急に目の前からぱっと消えたらしいよ! だから、ごめんね。カミツカ。ハチミツはあげられないって!」


 ニーナが私に向かって大きな声で伝えてくれる。


「ところでなんで、カミツカ、そんなに離れてるのー?」

「……その蜂、危なくないですか?」


 ニーナの疑問に質問で返す。思いがけない蜜蜂の大きさに、ついつい逃げ出してしまった。


「うん。この子は大丈夫! ほかの子たちはちょっと気が立ってるみたいだけど!」


 ……それは、大丈夫と言えるのかしら。

 とりあえず、ニーナの近くにいる一匹は大人しくその場でパタパタしているし、問題なさそうだ。私はそろそろとニーナとアリアさんの近くまで戻る。

 黄色と黒の縞模様のつるりとした硬そうな体は近づくのも少し怖い。でも、好奇心旺盛な様子でこちらを見てくる様子は誰かを彷彿させる。ニーナのいう通り、危険はないのかもしれない。


「え、この人? カミツカだよ! 最近、お友達になったの。異世界から来たんだって! そうそう、ヒロセと同じ。お姉ちゃんだって言ってたよ!」


 ニーナはまた蜂と二人? で会話を始める。ていうか、弟とも会ったことがあるのね。あの子、この世界を観察してるとか言っていたけれど、そっちの仕事は大丈夫なのだろうか。


「きゅるる!」


 りっくんの声と、ぶぶぶぶ、という羽音が重なって聞こえてきた。横道に逸れかけた意識を目の前に戻す。


「わ」


 顔を前に向ければ、すぐそこに蜜蜂がいた。大きくてくりくりした黒い目と視線が合う。三角形の顔はもわもわとした毛で覆われていて、好奇心旺盛な瞳でじっと私を見つめていた。思わず、一歩後ずさる。

 私の反応に蜜蜂はショックを受けたような様子で、しょぼしょぼとニーナの近くまで戻っていく。……なんだか、悪いことをしたかもしれない。でも、急に目の前に蜂がいるのは害がなくても怖いものは怖い。

 ニーナは蜜蜂が側まで戻ってくると、よしよし、と慰めている。


「それで、どうしようか?」


 蜜蜂を慰めながらニーナが顔を上げる。


「どうしよう、とは?」


 ニーナの質問の意図が分からず、首を傾げる。


「ミーツバーチビーの巣はまだ、同じ場所にある可能性は高いです。彼らの巣はかなりの大きさですし、すぐに持っていけるとは思えません。おそらく魔道具か何かで巣を隠し、ミーツバーチビーの嫌がる匂いを放って遠ざけたのだと思います」

「じゃあじゃあ、この子たちの巣も取り返せる!?」

「ええ、おそらくは」

「ほんと!? よかったね!」


 ニーナはそう言うと蜜蜂に向けて笑顔を見せる。蜜蜂はニーナの手を取ると嬉しそうに小躍りを始める。……なんだか、あの蜜蜂がだんだん可愛く見えてきた。


「ただ、彼らの巣を奪った人達は、私達が探している密猟者の可能性が高いです」


 アリアさんはそこまで言うと、ちらりと私を見る。

 なるほど。これ以上、一緒に行くのは危険かもしれない。出来ればそんな危なそうな人達に遭遇したくないし。


「わかりました。では、私は……」

「カミツカ! 危ない!」


 言いかけて、どん、とお腹に衝撃を感じる。そのまま、とす、とその場に尻餅をつく。たん、と何かが何かにぶつかる音が聞こえた。


「大丈夫ですか!」


 慌てた様子でアリアさんが駆け寄ってくる。その後ろで蜜蜂がおろおろしていた。


「え、あ、はい……」


 事態をよく飲み込めず、曖昧に返事を返す。顔を上げれば、私のすぐ後ろにあった木に突き刺さる弓矢が見えた。その位置は私の眉間と同じ高さ。ぞっとして息を飲む。


「くそ。避けられた!」

「止めろ! あいつらはヤバいって!」


 どこからか声が聞こえてきて、走り去る足音が聞こえる。


「あ、あいつら!」


 ニーナはすぐに起き上がると駆け出す。


「ちょっと、ニーナ! 一人じゃ危険です!」


 アリアさんが呼びかけるけれど、真っ直ぐそのまま森の奥に消える。


「もう、仕方ないわね! カミツカさん、すみません。ここで少し待っていてください」


 そう言うとアリアさんも森の奥に入っていく。

 私は呆然とその様子を見送った。

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