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5日目(2) 攻略本と読書の時間

 斜めに差し込む太陽が、手元の本を明るく照らす。そよりと優しく吹く風が、白百合の花の香りと瑞々しい森の木々の匂いを連れてくる。さらりと広がる髪を首元でそっと押さえる。

 穏やかな昼下がり。私はアンパンを食べながら、ゆっくりと攻略本のページをめくっていく。

 改めてじっくりと読んでいて気が付いたけれど、この攻略本、項目によって記述内容の具体性にかなりばらつきがある。用語一覧みたいに端的すぎるほどにあっさりと記述されているものもあれば、不思議なくらい詳細な情報が掲載された項目もある。

 なんだろう。まとめた人の違いかしら。


「この人、また名前が書いてある」


 開いたページの右上には『編纂』の文字とともに名前が記載されている。

 攻略本を読んでいて気が付いたことがもう一つ。それは、各カテゴリーの最初や図鑑の各ページに『命名』や『編纂』などの名前が記載されていることだ。たまに弟の名前もある。

 こくり、アップルティーを飲む。


「山田太郎……弟の前にこの世界で神様をしていた人かしら」


 これでこの名前を見るのは何回目だろう。流石に覚えてしまった。

 ぺらり、攻略本をめくる。

 今、なんとなく眺めているのは、街関連の紹介ページだ。

 これも詳細な情報が掲載されているカテゴリーの一つで、街ができるまでの歴史も妙に事細かく書かれている。……まあ、ちゃんと読んでないから、覚えてはいないけれど。

 ページの右上には必ず「山田太郎」の記載があるから、きっとこの人は歴史が好きなのね。

 街関連では他にも、街のおすすめスポットや地元の人しか知らないような隠れた名店、穴場スポットまで網羅して紹介しているページもある。こちらには違う人の名前の記載があった。

 街のスポット紹介は特に、食べ物系のお店の紹介(レビュー)に力が入っている。この人はきっと、食べ歩きが好きなのだろう。

 ごくり。アンパンの最後の一口を飲み込む。袋を小さく折り畳んで、端に置く。今度はチーズ蒸しパンを取る。

 攻略本をめくっていけば、図鑑関係がまとめられた項目に移る。

 そういえば、きのこや果実類、ほとんどのページには山田太郎さんの名前があった。ビハダケ、ビハクダケ、リンゴーアップル、モーモーピーチ。……途中で考えるのが、面倒になったのかしら。

 チーズ蒸しパンの袋を開けて、はむり、と齧る。

 そのまま何気なくページをめくり、植物図鑑まで辿り着く。

 この植物図鑑も、時々ある詳細すぎる情報が載っているカテゴリーの一つだ。

 樹木の説明はそれなりだけど、草花やハーブに関する情報は細かい。名称や花言葉だけでなく、効能や、活用方法まで丁寧に記載されている。

 他にもアロマエキスの抽出方法や、それを利用した石鹸やシャンプー、コンディショナー、化粧水の作り方まで載っている。これは今度絶対、試してみよう。幸いここには、たくさんの草花が生えているし、髪や肌にも良さそうだ。そう小さく決意を燃やし、次のページを開く。

 まあ、どれも一部の工程で魔法を使用しているから、私にはまだハードルが高いのだけれど。

 こくり、アップルティーを口に運ぶ。コップの底に残ったりんごをしゃくり、と食べる。チーズ蒸しパンとの相性がいい。

 ぱらぱらと攻略本を読み進めていくと、魔法関連のカテゴリーに変わる。

 はむり、チーズ蒸しパンを食べながら、ゆっくりとページをめくっていく。

 開いた解説ページは単語に馴染みがなさすぎて、いつも読み飛ばしていた。でも、今日の目的の一つはこの項目にある。

 そっと深呼吸をすると、姿勢を正す。一ページ目の記載を指で辿る。えっと。


『この世界の魔法は生活を少し便利にする神秘の力。言霊と魔法陣、魔石や魔素の込められた道具を媒介にして、現実世界に発現される。ただし、風などの自然を扱う時は道具を必要としないこともある。いずれの場合も言霊と魔法陣を用いて、体内や空気中にある魔素に働きかける必要がある。』


 あ、やっぱり無理かもしれない。

 そこまで読んで、私の脳が理解することを拒否した。

 とりあえず、こくり、とアップルティーを飲む。

 ……えーと。つまり、どういうこと?

 確か、前に弟が魔法に対して何か言っていたわよね。なんだったっけ。

 なんとか弟の言葉を思い出そうと、眉間に手を添える。


「……媒介が必要、だったかしら?」


 そこまで絞り出して、首を傾げる。

 媒介が必要だから、魔法の行使には道具がいるのかと思っていたのだけれど、違うのだろうか。こう、混乱しそうになることを書かないでほしい。

 眉間のしわを解しつつ、はむり、とチーズ蒸しパンを齧る。

 まあ、この際細かいことはいいとして、魔法の使い方とか、もっと実用的なページはないかしら。

 せめて昨日弟が使っていた、火を付ける魔法と、メスティンを洗っていた魔法くらいは覚えておきたい。なにかと重宝しそうだし。

 ぺらり、ページをめくる。

 攻略本の中でも魔法に関する記載は大半を占めている。ただ掲載している情報は細かいけれど、どこか曖昧なものも多い。それでもどうにか読み解いていく努力はしてみる。

 曰く、魔素には未開領域を含めて九つの属性があり、土地によって属性の干渉度合いや相性があるらしい。

 個人にも属性による適性があり、基本的には生まれ育った土地に影響されるそうだ。ただし、個人の場合は訓練次第で適性範囲を広げることができる、とかなんとか。


「なんだか、よくわからないわね」


 属性とか、適性とか、相性とかわけがわからない。その属性に適してないと、魔法が使えないってことなのかしら。

 でも、その属性ってどうやってわかるのだろう。と言うか、そもそも属性って何? 訓練っていうけれど、どうやってやるの? えっと、つまり、一体、どういうこと?

 慣れないことを考えているせいか、頭が痛くなってきた。

 はむり、とチーズ蒸しパンを食べて、アップルティーに手を伸ばす。中身がないことに気付いて、メスティンから慎重にコップに注ぐ。

 魔法関連の記載は、以前よりだいぶ読みやすくなったような気がする。でも、やっぱりまだ、わからないことのほうが多い。カテゴリーのトップには弟の名前もあったし、色々と手直しを頑張ってくれているとは思うのだけれど。


「知りたいのは、そこじゃないのよね」


 何をどうすれば魔法が使えるのか、それがわかるページはないのだろうか。

 こくり。アップルティーを飲む。すっかり冷めてしまっているけれど、りんごの味がよく染み込んで、甘味と香りがより引き立つ。バタークッキーを持参してきてもよかったかもしれない。

 ……いや、そうじゃなくて。

 別の方向に飛びかけた思考をなんとか引き戻す。

 チーズ蒸しパンを食べ終わると、袋の中に小さく折り畳んだアンパンの袋を入れる。メスティンの蓋を重石代わり乗せて、袋を端に寄せる。

 ぱらぱらと攻略本のページを読み進めた。



 そよそよと風が流れて、さやさやと森の木々が囁き合う音がする。水辺の涼やかな空気とは裏腹に、傾き始めた太陽から届く日差しは強い。

 ふっと甘酸っぱいりんごの香りがする紅茶を一口飲む。静かな池のほとりのウッドデッキで、ページをめくる音だけが小さく響く。

 しばらく攻略本を斜め読みをしたところで、目当てのページらしき項目に辿り着いた。

 ただ、一つ問題点がある。


「えっと、魔法を使うには、言霊? と魔法陣? が必要なのよね」


 眉を寄せ、開いたページを眺める。一ページに四つ。その魔法に関する一行だけの簡単な説明と幾何学的な文様が記載されている。たまに見るけれど、これが魔法陣なのだろうか。でも、言霊らしき記載がない。この説明文がそうなのだろうか。え、本当に?

 何度か、魔法? を発動させた場面を見たことはあるけれど、みんな、なんて言っていたかしら。

 記憶を辿り、なんとか言葉を絞り出そうと試みる。

 えーと、ニーナやアリアさんはそもそも言葉がわからなかったし、弟も声が小さくて聞き取れなかった。あれ、これ、もう無理じゃない? 今日は諦めるべきだろうか。


「昨日、もっとちゃんと聞いておけばよかった」


 唇を尖らせて、攻略本を睨む。まあ、そうしたところで、何もできやしないのだけど。

 眉間に手を当てて、そっと息をつく。

 せっかく目的のページを見つけたのに、言霊? らしき記載がないとか。それにこの魔法陣? と思しきものも、どうやって使えばいいのだろう。

 ひとまず気持ちを落ち着かせようとコップを手に取る。こくり、とアップルティーで喉を潤す。


「うーん、どうしようかしら」


 首を傾げつつ、魔法陣(仮)の一覧ページをぱらぱらとめくっていく。数ページにわたって紹介される幾何学的な文様群をさらっと確認する。

 ……情報量は多いのよね。ちょっと局所的、かつ不親切なだけで。

 ぺらぺらとページを流していく中で、目当ての魔法陣(仮)もいくつか見つけた。ただ、実践方法がわからない。

 まあ、魔法を使えないからといって、特別困ることもないけれど。でも、水もタオルがわりのキッチンペーパーも有限だ。使わないで済むのであれば、それは幸いなことだろう。

 ぺらり。攻略本のページをめくる。魔法陣一覧の最後のページまできて、はた、と手を止める。


「何これ?」


 そこには、ぽつん、とQRコードが記載されている。この、魔法陣をスマートフォンにダウンロードをすればいいのかしら。え、ここってインターネット、使えるの? 確かに、前に弟がいた白い部屋に行った時には、パソコンが置いてあったような気もするけれど。


 ブブ、ブブ ブブ、ブブ


 その時、不意にスマートフォンのバイブ音が聞こえた。机の上に置きっぱなしになっていたそれを引き寄せて、ロック画面を覗き込む。


「広世?」


 ロック画面には、弟の名前と、メール受信の通知がきている。いつもは電話なのに、どうしたのだろう。そもそも、メール、できたの?

 訝しく思いながらも、スマートフォンのロックを解除する。メールの受信ボックスを開いた。

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