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あさごはん




『そろそろお腹がすいただろう』

「あ、うん」

『食事にでもしよう。我は作れないが』

「でしょうね」

 

 わんこの姿で料理しているエンキドゥを想像してちょっと面白くなる。器用に後ろ足で立ち上がってエプロンをしてフライパンでホットケーキを作る。うん、可愛い。やってほしいな。

 ベッドから降りて部屋を出て行くエンキドゥの後ろをついていく。少し頭が重い。部屋を出る時に一度だけ振り返ってみれば、そこは夢で見た場所に少し似ているような気がした。

 わたしをおいていくな。

 嘆く声。男とも女ともつかない声がそう言う。涙に震える声がやけに耳についた。

 

『ユーリ』

 

 エンキドゥに呼ばれる。

 振り返って、どうかしたのかと首を傾げるエンキドゥへ、何でも無い、と声をかけて部屋を後にした。なんとなく、あの夢は他人事のようにも思えなかった。


 ベッドがある部屋の隣は小さなリビングだった。テーブルと、椅子が二つ。使えるか分からないような台所。私が寝ていたベッドは綺麗だったからもしかしたら使えるかも知れない。というかどうしてベッドも綺麗だったんだろう。誰かが住んでいる風でもないし、エンキドゥがベッドを使って寝ている感じもない。綺麗にしてくれたのかな、エンキドゥが。

 テーブルを通り過ぎて、ふと入り口に鏡がある事に気付いて視線を向けた。えっ、まって。


「これ私じゃ無い!」


 茶髪の傷んだ髪に大分ふくよかな顔、だった筈なのにさらっさらの艶がある真っ黒な髪の美少女?になっていた。これは私じゃ無いぞ。というかなんで気付かなかったんだ。年齢も随分若くなっている気がする。十八歳とかそのくらいだろうか。

 長い黒髪は後ろで綺麗な三つ編みになっていて、ギリギリ引きずらないくらいの長さがあった。だから頭が重かったのか。これお風呂に入るときすごい大変なやつだ。一生髪が乾かないやつだ。洗うのも大変なやつだ。どうするの。私がやるのか、切って良いかな。いやでもすごい可愛い、顔が。ナルシストみたいになってるけど、見慣れた自分の顔とは違いすぎて違う人を見ているみたいな感覚だ。

 ぺたぺたと顔を触ったり身体を見下ろしたりする。というかいつの間にか服も違う。靴も違う。身長は以前とそんなに変わらなかったし、靴のサイズも殆ど同じだったとはいえ、この体型なら着ていた服は大きかったと思うのだけど……縮んだのかな。

 

『突然どうした』

「顔が、私じゃ無い」

『それは正真正銘君の顔だ。こちら側の世界に来た時に元の姿に戻っただけ』

「元に戻った?全然分からないんだけど」

『言っただろう。ここは、君の居るべき世界だと』


 てしてしと可愛らしい音をさせて玄関のドアが簡単に開く。現代社会ではあり得ないセキュリティだ。鍵が無いのだろうか。

 いまいち納得しないまま外へ出れば空は晴れていた。太陽が高い位置にある。昨日の鬱蒼としていた森は嘘のようだった。鳥がさえずり、自然が広がっている。キャンプをやったら気持ちよさそうだな、と思う。やったことないけど。


『ユーリは果物食べられる?肉の方が良い?』

「果物好きだよ」

『我も果物が好き』


 あ、今のすごい可愛い。

 久々喋ったからぎこちない、みたいに言っていたからまだ慣れていないのだろうか。少したどたどしい感じがある。

 そもそもエンキドゥは本当にわんこなのだろうか。身体から草が生えていて花まで咲いている。顔は蔦が這っているし、見間違いでなければ昨日地面と繋がっていてぶちぶち引きちぎっていたような気がする。何だろう。山の神?


 エンキドゥの後ろをついて森の中へ入っていけば、いろいろな物が実っていた。木の実や林檎みたいな果実。それからヤマブドウみたいなものや木苺のようなもの。それからキノコも生えている。どれも元に居た世界と同じ物なら食べれるんだろうけど、キノコには手は出せないかな。キノコはちょっと怖いね。


『ユーリ』


 子供みたいに辺りを見渡していた私を呼ぶ声に振り返れば、エンキドゥが一本の木の前に座っていた。その木にはザクロが実っていた。低い位置の物は動物が採っていったのか、高い位置にしか実がなっていない。あれを採れというのだろうか?随分高い位置にあって、背伸びしても届くだろうか、と見上げれば、エンキドゥの顔を覆っていた蔦がするすると伸びていった。しゅるしゅるしゅる、と伸びてザクロをいとも簡単に採る。


「伸びるんだ、それ」

『身体の一部だからな』


 当然、お前も腕ぐらい伸びるだろう?みたいに言われたけど当然じゃ無いと思う。身体の一部だからって伸びないよ。

 採れたザクロを差し出されて両手で受け取る。割れた外皮から赤いつぶつぶの実が見えた。ザクロってどんな味だったかな。お店で売ってるのをあまり見ないし、貰う事も無い。小さい頃、母が育てていた時に採れたものを食べたような気がするけれど、味までは覚えていない。多分、甘酸っぱかったような。

 ぷちぷちと小さな実を食べれば、なんだか懐かしい味がした。淡泊だけど、甘い。こんなに甘かったかな、ザクロって。


『美味しい?』

「うん、おいしい」


 なんだかすごく美味しい。それに、すぐにお腹が膨れてしまった。この身体もしかしてすごく小食なのでは。ぷちぷちもぐもぐと繰り返していれば何となく眠くなる。さっき起きたばかりなのに、もう眠くなるのは変だ。ザクロって眠くなる成分入っていたかな。入ってないと思うんだけど、もしかしてお腹がいっぱいになったから眠いのだろうか。だとしたらこの身体は幼い子供だ。


『眠い?』

「うん、ねむい……」

『迎えが来る。寝ててもいい』


 ころんと寝転がるエンキドゥが、その腹へ誘ってくる。枕にしていいよと長い尻尾で叩く其処へ遠慮無く座った。ふわふわする身体に背中を預けて、まだ残っているザクロの実をとってはちまちま食べる。

 うとうとしてきて頭が揺れる。長い尻尾がお腹の上に乗って、ぽんぽんとゆっくり叩かれる。食べている最中に寝ちゃうなんて、最早赤ちゃんだなんて思いながらうとうと、うとうとと船を漕ぐ。薄れ行く意識の中、何か金色が見えた。


「お前は変わらないね、あの時と、あの頃と、なにも」

 

 優しい声、優しく頬を撫でられる。温かい、懐かしい。


「可愛い、私の愛しい子。今度こそ、誰にも渡さない」


 意識が落ちる最後の瞬間、そう聞こえたけど、今の私は眠気に勝つことは出来なかった。





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