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いつの間にか寝てました


「嫌だ、わたしはきみと、わたしの神と生きたい」

 

「……元より、我の身体は深淵の泥で出来ている。大地へかえるのが、それこそ自然だろう。泣かないで。君に泣かれると、我も悲しい」


 私の腕の中で酷く衰弱して、弱々しく笑う。どうして?罪を犯したのは私だと言うのに、どうしてそれを、彼が泥へかえるという死をもって償わなければいけないのか。私がいけないのに。どうして。


「我が王、我が友。……我は、君と過ごせた日々がどれ程輝かしいものだったか」

「いやだ、いかないで、いかないでくれ」


 寝台の上に眠る痩せ細った身体。冷たくなった指先。武器を持ち、共に戦った友の姿とは程遠い。


「きみこそ、わが傍らの斧。わが手の弓、そしてわが剣であり友、わたしの、最大の喜び。ともにあれば、なんでも出来た。野を越え、山を越え、獣を狩ったことも、きみがいたから、わたしは恐れをわすれた。だと言うのに、きみはどこへいくのだ。何故わたしをおいていく。暗闇の向こう、わたしの声も届かぬところへ、どうして」



 どうしてきみのからだはくさりくちていく。

 



 ▽




「ッ!」


 目の前にある筈の崩れた物に手を伸ばそうとしたが、何も掴めなかった。起きたばかりなのに、心臓がばくばくと音を立てているような気がして、伸ばした手をそのまま胸へと下ろした。目に映るのは見慣れない天井。いつの間にか眠っていたらしい。

 ここはどこだろう。まずい、仕事に遅れる、遅刻してしまう。……ああ、そうだ、確か……しごと……辞めたんだった……。おえ、吐きそう。


『おはよう。目が覚めた?』


 ぎしりと寝床が揺れて、突然不思議な犬が視界に映る。草の生えた身体に顔を半分覆う蔦が、まるで角のように飛び出している。耳元にいくつか小さな花が咲いているのが可愛らしい。その犬は見覚えがある。そうだ、眠る前に見た犬で…、と言う事はまだ夢の中なのだろうか?


『夢では無い。これは現実』

「現実?夢じゃ無い?」


 随分流暢に喋るわんこだ。昨日はもっと鳴き声みたいだったのに。


『久々喋ったから、声が出しにくかった』


 ああ、なるほど、そういうこと。……ん?この子は私の考えている事が分かるのか?なんて利口なんだ。いや、心を読んでいるんだったらとんでもない得意技だ。特殊能力わんこ。


『心を読んだのか、って顔をしている。君は昔から顔に出るから。読まなくても分かる』

「はぁ、なるほど」


 私はそんなに顔に出るのか。うーん、気をつけたい。

 私が眠っている場所、ベッドに手をかける木の妖精さんみたいなわんこは、昨日見た時よりも小さく見えた。昨日は熊みたいに大きく見えたのに、今はよく知る大型犬くらいの大きさしか無い。緑の草が生える頭へ触れれば、気持ちよさそうに目を細めるのが可愛い。

 落ち着いて、部屋の中を見渡して見ればどうやらちゃんとした家の中で、きっと昨日見た小屋の中なのだろう。質素な部屋で、物は殆ど無い。小さな部屋の隅には木の椅子が置かれている。


「ここは、どこなの?きみは誰?」


 撫でられて機嫌の良さそうなわんこに聞いてみる。本当はどうして喋るのかも聞きたいけど、優先順位でそれは後回しだ。ここは一体何処で、私はどこにいるのか。そして、何故ここに居るのか。今の私が一番知りたいのはその事だった。


『ここは、君のいた世界では無い。君が、居るべき世界』

「……どういうこと?」

『つまり、違う世界に来た。君は元の世界には戻れない』

「異世界転生?」

『死んでないから少し違う。でもそれで納得するならそういうことだ』

「へえ……」


 本当に異世界転生しちゃう系のあれだったみたいです。昨日の私。しかも戻れない。ショックかどうかと言われたら、もちろんショックだ。やりたかったことだって沢山あったし、友だちや、家だってあった。でも、もう仕事について考えなくて良いのならこれはこれでいいか、とまで思って居る自分もいる。正直なところ、もう誰かと仕事をしたくないから、仕方ない。開き直ろう。でもきっとうじうじしてしまうんだろうな。嫌だな本当に。


『君が何故此処に居るのかは、彼が呼んだ』

「彼?」

『太陽神シャマシュ』


 その名を聞いて、馴染みの無い名前の筈なのになんだか懐かしい気がした。聞いたことの無い神様。太陽神と言うのだから、名の通り太陽の神様なんだろう。強そう。怒らせたら怖そう。近づきすぎたら焼かれそう。と、思ったのはただの偏見だ。


『彼は君を愛している。溺愛している、のほうが正しいかもしれない』

「会ったこと無いのに?」

『……それ、本人には言わない方が良い。落ち込んで一週間は雨が降る』

「ご、ごめん」


 美味しそうな木の実みたいな赤い目がじとりと伏せられて思わず謝る。

 つまり、その太陽神シャマシュが私を呼んだと言うことだ。なんで呼んだんだろう、と聞こうとすれば、わんこから、理由は本人から聞いた方が良い、と言われてしまった。また顔に出ていたらしい。本人から聞けばいい、と言う事は会う機会があるということだろうか。神様に会うなんて恐れ多い、と思ったが呼んだのは向こうだ。突然呼んだ事に対して詫びの一つでも、とも思ったが、もし人違いだったら?私殺されるのでは?会った瞬間、お前じゃ無い、とか言われて突然首を落とされるかも知れない。勝手な人違いで殺されてはたまったものじゃないけど、神様って結構勝手じゃ無い?とか言われたら納得してしまう。まあ、神様だしね。


「私が、人違いだってことは?」

『無い』

「そうかあ」

『間違えるはず無い。君と彼は同じだ』

「……彼?」

『他に聞きたいことは?』


 突然出てきた彼については話してくれないらしい。それは教えてくれないのか、とわんこを見ればわかりやすく大きく欠伸をされた。


「じゃあきみは?きみは誰?」


 ふてくされ気味な声が出た。三十過ぎの女がこれはいかがな物か。だから顔に出てると言われるんだと少しだけ反省する。目の前のわんこはそれが分かってか、それを突くわけでも無く答えた。


『我はエンキドゥ。これからもよろしく。我が友』

「……?月本悠里よ。よろしく、エンキドゥ」


 我が友?これからもよろしく?言われている意味がよく分からないけど、そういえば昨日もそんなことを言われたと思い出す。言われた事を復唱するように名前も呼べば、エンキドゥが少しだけ嬉しそうに笑ったように見えた。





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