片想いのお呪い
高瀬直也。
消しゴムカバーを外すと、そう書いてある。誰にも貸せない、私の文房具。
直也は、とにかくよくモテた。学年で知らない人はいないし、先輩後輩にも慕われている。顔が良いのはそうなんだけど、女子とも男子とも平等に距離が近くて、扱いも平等に優しいから…………みんな、勘違いするんだ。
そうとは知っていながらも、私だって勘違いした中のひとりだった。
でもね、直也はこんなんでも、一途なんだ。「好きな人ができたから、ごめん」なんて言って、女の子の遊びを断っていた。
笑っちゃった。散々勘違いさせといて、今更そんなことで断るだなんて。私はそれを聞いていただけど、指先がかたかたと震えていた。
本当は、怖かっただけなんだ。そうやって、距離を取られていくんだって知ってしまったから。
女の子の中には、それでも直也にアピールを続ける子達も多かった。だけど、全滅。全員同じ理由で断られて、次第に話しかけるのを諦めていた。
私はどうしても、距離を取られたくなくて。他の女の子と私は違うと伝えたくて。
「私も、片想い中なんだ」
って、言っちゃった。おかげで恋愛相談仲間になれたけど、離れなくて済んだけど、喋る度に私の胸は煩く鼓動して、息苦しく痛むのだった。
何かあるごとに話し合い。今後、どうアピールしていけば良いかの悩み合い。私のアドバイスは真っ直ぐに受け止めてくれて、すぐに実行してくれた。どうやら順調の様子で、2人はすっかり噂される仲になっていた。
真面目にアドバイスしてる私、偉いなぁ。
話を聞きながら、ぼんやりと意識を外す日々。直也がしてくれるアドバイスは、なにひとつ実行できないまま時間だけが過ぎていく。
そうして、ある放課後のこと。恒例の恋愛相談の会を行っていると、一旦の間を置いた後、直也が顔を赤らめて小さく口を開いた。
「俺……明日の放課後、告白しようと思うんだ」
いいじゃん。
応援するよ。
頑張ってね。
…………どの言葉も、口から出なかった。見開かれた目が、乾いていく感覚。上げようとして引きつる口角。こんな反応、しちゃだめだ。笑って、背中を押してあげなきゃ。
いつもみたいに、笑って。
笑え。笑え。笑え、笑ってよ、私‼︎
「へぇ、そうなんだ……」
空気のように軽い声。直也の目は見られなかった。机に視線を落として、膝の上で両手を合わせる。私、いま、笑えてるのかな。
束の間の沈黙が流れる。もうやばいと思って顔を上げると、直也が不安そうにこちらを見つめていた。ごめんね、そんな顔させるつもりじゃなかったんだよ。
「頑張って。直也なら、絶対うまくいくよ!」
誤魔化すように、へらりと笑って見せる。大丈夫、今度はちゃんと笑えてる。誤魔化せたかな、誤魔化せたよね。ばくばくと鳴る心臓が、痛くて痛くて、涙が落ちた。
「……泣か、ないで。ごめん……ごめんね」
直也が焦っているのが伝わる。なんで謝るんだろう。謝りたいのは、こっちなのに。素直に背中を押せない私が悪いの、突きつけられた現実を、受け入れられない私が悪いの。
差し出されたハンカチを、そっと押し返す。代わりに袖で目元を拭った。
***
時刻は夕方のチャイムが鳴る時間。誰の足音もしないしんと静まり返る廊下で、私は教室の中に聞き耳をたてていた。
中には、ふたりきり。直也と、直也の好きな女の子。こんなことしても、私が傷付くだけなんだろうなぁって思いながら、こうせずにはいられなかった。
「なにか、大事な話があるんだよね……?」
ふわっとした可愛らしい声が聞こえる。恋愛相談仲間でいるの楽しかった。私だけ特別、みたいな感じがして、悪くなかったんだけど。
続いて、直也の声が聞こえた。私は目を閉じて、意識を集中させる。
昨日の帰り、直也は。
「付き合えたら、おめでとう、って言ってくれる?」
と言ってきた。
どこまで残酷なんだと恨み言を言いたくなって、堪えた。勿論だよ。そう答えた私は、本当にそんなことできるんだろうか。
「――ずっと好きでした。付き合ってください」
「――はい。宜しくお願いします」
2人の声がじんわりと全身に浸透するみたいで、嫌になった。私は音を立てぬよう立ち上がると、その場から逃げ出した。
靴を履いて家に向かって走り出す。こういうの、失恋っていうのか。貴重な経験したんだな、私。
揺れる視界で前が見えなくて。力の入らない足元はフラついて。それでも走ることを、逃げることをやめなかった。少しでも遠く、少しでも早く、2人から距離を取りたかった。
自室に駆け込んだ私は、ベッドに倒れ込む。スカートの皺とか、気にしない。
枕を抱え込むようにして泣き叫ぶ。悔しかった。ずっとそばで支えてきたつもりなのに、折角恋愛相談の相手になれたのに、結局私のことは視界に入れてくれなくて。他の女に、取られちゃうとか、ありえない。
恋愛相談役としていれば、いつか振り向いてくれると思ってた。そんな気持ちでいたから、だめだったの?
じゃあ私、どうしたら振り向いてもらえてたのかな。
「おめでとうなんて、言えるわけ、ないじゃんか……っ!!」
私の気持ち、どうせ知ってたくせに。