『はいけい、未来の私』
ピロンとスマホの通知が鳴った。(なんだよ、今更止められても)なんて思いながらも、通知を切っていなかったのはやはり、止めてほしい気持ちがあったのだろうか。
現在地――会社のビルの屋上。そして、昼頃までは青天だった空に雲が増え、橙と紫のグラデーションも過ぎ去り、反対側には一等星が見えてくる時刻。
徐にスマホを開いた。通知を確認すると、私がメッセージを送った誰からの返信でもなかった。やっぱ誰も心配するわけないよなと自嘲気味に笑い、『あなたからのメッセージです』と書かれた通知を開いた。
文章は『はいけい、未来の私』から始まる。懐かしい。これは小学生の時に授業の一貫としてさせられたんだ。時間も日付も自分で決めたけど、今日だったとはすっかり忘れていた。
ロクなこと書いていた記憶ないし、読むことでむしろダメージを負ったりしないだろうか。小学生で生み出した黒歴史に触れちゃっていたりしないだろうか。
まぁその心配も今となっては後の祭りも同然か。ごめんね、未来の私は今から死のうとしてたんだよ。
フェンスに寄りかかり、無邪気な過去の私が書いたメッセージを目に通した。
『はいけい、未来の私
こんにちは、9さいの私です。あなたは24さいになりましたか? おしごとは何をしていますか? 私のしょうらいの夢は、ペットショップの店員さんです。かわいいネコちゃんやハムスターのお世話がしたいからです。ペットショップの店員さんになれてますか?
いまは、どこにいますか? お金持ちとけっこんして世田谷区に住むことも私の夢です。お金持ちのイケメンとお友だちになって、けっこんしてください。おねがいします!
あと、先生がこの前、私はとてもまじめでいい子だとほめてくれました。私はそれがすごくうれしかったから、こんどは私が未来の私をほめる番にします。
おしごとしててすごくえらいです!
未来の私はよくがんばっていてすごいので、100万円がもらえるように七夕でおねがいしておきます!
だからこれからもがんばってね。私もがんばります!
このメッセージがとどいたら、かこの私にお返事ください。まってます!』
無邪気だった。過去の私は何も疑わず、素直で、そして真面目で良い子だった。
涙がボロボロと地面に落ちていく。
ごめんね。ペットショップの店員さんにはなれていないし、イケメンのお金持ちとは知り合ってすらいないし、真面目で良い子でもなくなっちゃった。
貴女のこと、こんな荒んだ人間にしちゃって、ごめんね。
全身から力が抜け落ちる。頭にはもう、死ぬという考えは無かった。過去の私にお返事を書いてあげないと。たくさんの謝罪と、それ以上のありがとうを伝えてあげないと。
誰も救ってくれなかった私を、私が救ってくれた。他の誰でもない、私自身の言葉だから真っ直ぐに心に突き刺さった。
瞳を涙で濡らしながら、私は家に帰った。気持ちが冷めやまぬうちにと、私が好きな便箋とペンを手に取った。
『はいけい、過去の私』




