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喫茶『Stern』 〜 月曜日の珈琲 〜  作者: 夏川 流美
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離れられない

 屈託のない笑顔を向けられて、心臓は一際おおきく煩く鳴った。



 会うのはこれで最後にしようと思って、覚悟を決めてやってきた。好きな人と行く仕事終わりのレストラン。相手は今日が最後だなんてことも、俺が好きだなんてことも、多分バレてない。



「これ、すっごく美味しいよ! 食べてみる?」



 差し出された一口から顔を背けた。いや、いいよ。と手を振って断る。俺のこと、ただの友達だと思ってるからそんなことできるんだろうな。……否、それが普通なのか。


 さっきまでしかめっ面で、何を頼むか散々悩んでいた相手は、今は爛々とした目でハンバーグを頬張っている。


 その、喜怒哀楽の変化具合。好きなんだよなぁ、堪らなく。ころころと変わっていくのが、まるで犬みたいというか。愛おしくて愛おしくて、胸が強く締め付けられる。




「ごちそうさまでした! 美味しかったぁー!」



 元気に両手を合わせ、食べ終わったのを見てお互い席を立つ。財布を取り出そうとしたのを制して、俺が支払いを済ませた。「奢りだー!」なんて無邪気に笑う姿に顔を綻ばせ、助手席のドアを相手の為に開けてあげる。



「なになに!? なんだよ、それ」



 初めてのことだったから、恥ずかしそうにする相手に俺も恥ずかしくなる。でもそれはバレないように、毅然とした態度で車に乗せた。最後くらい、かっこよくありたかった。



 ドアを優しく閉め、運転席に乗る。エンジンをかけ、サイドミラーを開け、丁寧に丁寧に、夜の道を走り出す。


 揺れる車内に、いつもとは違う空気が流れる。いつ別れを切り出そうかと伺っていると、先に話をしてきたのは相手だった。




「ねぇ聞いてよ。俺さ……」




 空気とは違った、どこか嬉しそうな声色。それだけで俺にとっては悪い知らせだと思った。ハンドルを握る両手に力を入れ、唾を飲み込んで平然を装い、うん、と答えた。




「――彼女ができたんだ」




 あぁ、もう、気絶しそうだった。心と頭が、一瞬で真っ白に冷え切った。奥歯を噛み締め、遠い遠い道路の先を見続けた。事故らないようにしなきゃ、と。そんな思いで脳内を満たした。


 おめでとうの声が出てたか、よく分からない。でも、ありがとう、って聞こえたからきっと、祝福できていたはずだ。




 最悪だ。本当に最悪だ。



 彼女ができるタイミングも、彼女ができたことも。折角俺が気持ちを伝えて、それからちゃんと会わないようにしようって、覚悟してきた日なのに。


 かっこいい姿を最後にしようって、全身新しい服を買って、滅多に着けないピアスも着けて、恋人にするみたいにエスコートしていたのに。



 吐きそうな思いを、必死に飲み込んだ。胃の奥底で溶かすように、何度も何度も飲み込んだ。




 結局、俺は今日、別れを告げられない。

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