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喫茶『Stern』 〜 月曜日の珈琲 〜  作者: 夏川 流美
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【喫茶】混ざる感情に戸惑い、憂い

「この前の。どういうつもりや。俺のことナメとったんか」



 変わらずカウンターに席を取っている俺の隣に、今日は来客がいた。乱暴に腰掛け、座ったまま詰め寄ってくるのは時々来ていた――不良? 俺の来店初日に暴れていた、例の奴だ。



「ナメてねぇよ。つかお前の名前聞いてないけど、なんて言うんだ?」


「………………柴崎雅(しばざきまさ)。てめぇは?」



 いつもより大人しいじゃねぇか。随分と可愛くなった様子に上がりそうな口角を隠した。自己紹介を済ませたタイミングでキリマンジャロが来たので、雅の注文を聞く。



「雅は何飲む?」


「…………――ティー」


「あ? 何だよ聞こえねぇ」


「アイスレモンティーや! 何度も言わせんな!」



 頬を紅潮させて怒鳴った後、そっぽを向いてしまった。そばで拍子抜けしたような顔を見せている店長に会釈して頼むと、すぐ作りにいってくれた。


 子どもみたいな言動に、思わず込み上げた笑いを抑えきれず噴き出す。額に手を当てて肩を震わせていると、こっちに向き直った雅から声がかかる。拗ねたような声色で「なんやねん」と一言だけ。



「雅、お前、コーヒー苦手か?」


「そうやけど、なんか文句あるんか」


「いーや別に。俺はいいと思うよ? 美味い飲み物は他にもいっぱいあるからなぁ」


「そんなんお前に言われても……」



 置かれたアイスティーを、ストローでかき混ぜる雅。氷とグラスのぶつかり合う音が俺にとっては新鮮で、心なしか嬉しくなる。




 それからの雅というと、とにかく素直だった。何聞いても普通に話してくれるし、ノリは良いし、一般青年と何ら変わりがない。


 しばらくの間、お互い楽しく他愛もない会話を広げたところで、俺は突然話題を変えてみた。根は普通なのに、何故あの日は息巻いていたのか。頭の奥底でずっと疑問に思っていたことだ。



「なぁ、雅はなんであん時、あんなにイラついてたんだよ」



 いきなりの問いかけに、意表を突かれた顔を見せた雅は、俯いた。黙って答えを待っているととても言いにくそうに、ぽつぽつと言葉を並べていった。




***




 元々、現世でも不良グループに属していたらしい。学校は早々に中退。就職も考えない。歳上ばっかの不良グループの中で可愛がられていたから、遊び行くのも悪さするのも先輩がいれば金に困らず何でもできたと。


 時々警察に追われたりなどの問題も多々あったけど、それさえ楽しかった。一番下だからといってパシリにされるわけでもなく、対等に扱ってくれる先輩達が好きだったと。



 けど、立場が一番上の先輩に本命の彼女ができてから、環境が一変した。「女にいい顔させてくれよ」が口癖になった先輩は、雅を虐めるようになった。次第に他の奴らも雅に対する態度が変化していき、グループ内で孤立し出した。


 それでも雅は離れなかった。ずっと先輩についてきたから、それ以外で生きる術を知らなかった。雅曰く「こんなでも、そん時はまだ好意があったのかもしれん」と。



 ある日、先輩が久しぶりに遊びに誘ってくれた。その遊びに彼女は着いてこないということで、雅は喜んで承諾した。他数人も一緒に、先輩の運転する車に乗って出掛けた。


 相変わらず雅への当たりは強かったけれど、それでもいつもに比べたら優しかった。他車の間を縫って、速度をどんどん上げていく先輩のことを、みんなで煽った。楽しかった、やっぱり先輩方が好きだと再認識した。



 その時だった。上がった速度のまま、事故に遭ったのは。



 死後の空間で聞いた話によると、雅だけが即死だった。他の奴らは全員、入院はしたものの生き延びたらしいんだと。





「みんなのことは好きやった、でも」


「俺だけが死んでみんなが生きとる」


「俺のこと虐めてた先輩も、態度の変わった奴らも、みんなが生きとる」


「おかしいやん。それでも好いてた俺だけが死ぬなんて、馬鹿みたいやん」


「いっそ、みんな死んでるほうが良かったって思ったわ。好きやけど、すげぇそう思った」


「悔しかったんや」


「そんで、憎かった」


「なんで俺だけなんやって、めっちゃ思った」


「なんかな、許せへんのや。事故ったのは先輩なのに死んでないのが」






「……けどな」


「好きだった先輩にそんなこと思う、俺のことも、許せへんのや」


「虐められてたけど、良くしてくれたのは事実なんや」



「それなのに憎く思う、俺が、俺がな、許せへんのや……」

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