【喫茶】2杯目のキリマンジャロ
「いらっしゃいませ、いつもありがとうございます」
「おー、今日もキリマンジャロで頼むわ」
店内に入れば、すかさず店長が対応してくれる。毎度お馴染みとなったカウンター席に落ち着くと、コーヒーが運ばれてくるのを待つ。BGMを耳にしていると、ここに来て良かったなとなぜだか思えるから不思議だ。
カラリ。入り口のベルが音を立てる。そちらを向いた店長が気まずそうにカップを置いた。新しい客だろうか、横目で入り口を確認すると、入ってきたのはこの前ここで暴れてた奴だった。俺の姿を目にするなり、血相を変えて歩み寄ってくる。
折角また来たなら、ゆっくりしていけば良いものを。
「てめぇ、この前はよくも――」
「まあ座れって。おい何飲む? 名物のコーヒーか、それとも俺と同じキリマンジャロ飲むか? ああそうだな、姉ちゃん、キリマンジャロこいつにも1杯頼むわ!」
腕を無理矢理引き寄せ、隣の席に押しつける。必死に言葉を遮ろうとしてくるので、おかまいなしに同じコーヒーを頼んでやると静かになった。ふてくされた様子で頬杖をついている。
程なくしてカップが2つ、俺らの前に置かれた。飲めよ、と差し出すと舌打ちを返された。
「なんやねん、きもちわりぃ。勝手に注文しよって……コーヒーなんか飲まんわ」
「そうかぁ、ここのコーヒーは美味いぞ。ま、俺もこれしか飲んだことねえけどな」
喋ってても、こいつは無反応だ。まだ嫌われてるなあ、いやそれも当たり前かと、コーヒーを口に含む。この酸味とコク、すっかりクセになってしまった。仕方ないので、いつものように黙って過ごしていると、先に堪忍袋の緒が切れたのはあっちだった。
カウンターを思い切り叩きつける、豪快な音が響く。跳ね上がるカップからは黒い液体が溢れた。立ち上がった隣を見上げると、苛立ちを隠しきれない目をして睨み付けてきていた。
「大概にせえや自分。俺に勝ったからって、ほんまにムカつくねん」
「なにピリピリしてんだよ。別に俺は勝ち負けとか気にしてねえし、お前にここの良さを伝えよー思っただけ。俺、こういうとこで過ごすの案外悪くないと思ってるからさ」
ニッと笑いかけてみたが、カウンターを一蹴されて終わりだった。また暴れられたら堪らんと身構えていると、予想とは反して真っ直ぐに店を出て行った。なんだ、思ったより大人しいなと考えながら席に向き直り、溢れたコーヒーを拭く。
「あいつ、また来るかな」
「その時は、違うコーヒーを勧めてみようかしら」
俺の独り言を、悪戯っ子のような笑顔をした店長に拾われた。それが少し照れくさくて、カップに口をつける。
そうだな。次はコーヒーを飲みに、また来るといいな。




