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喫茶『Stern』 〜 月曜日の珈琲 〜  作者: 夏川 流美
4/60

感情400万円


『怒り――60万


 楽しみ――90万


 哀しみ――120万


 喜び――130万




 これらは全て、自らの感情を担保にした際の額であり、性格や外見、人望などは金額に一切関与しない』





 日本の技術も随分と発達し、新しい闇金組織が作られた。お金を借りる代わりに、自分の感情を組織に預ける、というシステム。


 いったい、どういう技術が使われているのか、組織にとってなんのメリットがあるのか、一般市民の俺には全く分からない。


 だが一度預けた感情は、借りた時の倍額を出さねば取り戻すことはできない。どんな手を使っても、金がなければ絶対に。本人は、まるで突然無関心になったかのように、本来あった筈の感情表現をしなくなる。



 政府はこれを、良いとも悪いとも明言していない。だから、使った奴街中でたまに見かける。そんな奴らを目にするたび、思わず嘲笑してしまう。使わされた側なのだろうか、と。



「私、この感情を預けちゃったら……(りょう)の隣にいること、幸せだって思えないのかな?」



 俺の肩にもたれかかる女が、小さく呟く。こいつにはもう『喜び』の感情しか残っていない。怒りも、楽しみも、哀しみも、俺が全て金に変えさせた。


 髪をくしゃっと撫でながら、安心させるように更に抱き寄せる。



「俺がちゃんと幸せにするから、関係ないよ。大丈夫」


「ふふ、嬉しい。約束だよ、亮」



 そんなやり取りをした翌日。俺たちは闇金組織へと足を向けた。至って普通のこじんまりとした事業所だ。中に入ると、スーツ姿で愛想の良い男が俺をちらりと横目で見てきた。しかし特に何かを言及するわけでもなく、女にとっては4回目となる案内や説明を受ける。



「――っていう感じなんだけど、お姉さんは残ってるの、あと『喜び』だけだよね?」



 はい、と答えた女の肩が、小刻みに震えていた。怯えているか、不安がっているか。眉尻を下げて視線を合わせてくる女に、まぁ当然の反応だよなと思いつつ柔らかい笑みを見せた。



「喜びの感情は130万との取引。お姉さんさえ良ければ即刻始めさせていただくけど、大丈夫かな?」


「…………いや、やっぱり私、やめたい……」



 女が肩を震わせたまま、俺の胸元に顔を埋める。あーあ、まったく。どいつもこいつも、どうして直前になるとこうもワガママになるものか。


 ぎゅっと抱き締めた。片手で頭を撫で、片手で腰をゆっくりとさする。この行為に勘違いをした女が一息ついて、油断をした瞬間に、無理やり引き剥がした。


 両肩を力強く掴み、食い入るように目を見つめる。一片の笑顔も見せずに、乱雑に言葉を吐き捨てた。



「やめんの?」



 女が息を飲んだのが分かる。

 驚きか、恐怖か。声は詰まっている様子だ。



「なぁ、やめんの?

 俺の為に何でもできるって前に言ってたよね。あれ嘘だったわけ?」



 口をパクパクとさせてる。金魚みたいな女だな。そう考えたら、少し笑いそうになってしまった。



「やめたいならやめれば?

 でもそうすんなら俺との関係も終わり。わかってんだろ」



 目に涙を溜めた女は、ようやく、といったように掠れた声で「ごめんなさい、やります」と絞り出した。


 そうだよ、それでいいんだ。にっこり笑ってやると、女も心なしか笑顔になる。もう一度、そっと抱きしめて耳元で囁いた。



「約束通り、俺がお前を幸せにするからね」



 小さく頷いたのを確認して離れる。闇金組織の男はこのタイミングで、女を別室に案内するべく立ち上がった。






 誰もいなくなった部屋で、椅子にもたれかかって重いため息をついた。ほんと、女の相手って疲れる。黙って感情預けて金だけ寄越せばそれで良いのに。


 まぁ、簡単に言うこと聞いてくれるような奴、いるわけがないから仕方ない。今頃感情を失くされている女と、おかげで手にできる大金を想像して、ほくそ笑んだ。



 そのまま20分程おとなしく座っていると、ようやく別室から女と男が姿を現した。無表情の女は既に札束を手にしている。俺は隣に座ろうとした女から、札束をぶんどって席を立った。



「じゃ、俺帰るから」


「え? ちょ、ちょっと待って、一緒に帰ろうよ」


「なんで一緒に帰んの? 悪いけど、もう金のないお前に用がない。俺とお前は恋人じゃない。わかったか?」



 女の顔は無表情のままだ。瞳を震わせ、何も言わないまま俺と視線を交わらせてくる。だけど俺はそんなことより、手に入った大金の使い道をどうしようか、今すぐ帰ってじっくり考えたかった。



「感情なんてもう無いんだから、俺と別れたって何も思わないだろ? じゃあな、もう2度と話しかけるなよ」



 早速、次の女を探し出さないとな。女と男に背を向け、そんなことを考えながら事務所を出ていく。


 この金もどうせすぐ無くなる。そのときのために、金を出してくれる女を用意しておかなければ。


 女も可哀想なもんだよ、感情を預けるシステムなんて生まれなければ、こんなに便利に扱われることなんて無かったのかもしれないのに。……いや、そういう女はこんなシステムがなくても、どうせ便利に扱われるものか。



 じゃあ、俺のやってることは普通だよなぁ。



 


 さて、この金の使い道はどうしようか。ブランドの時計を買おうか、スマホの機種変をしようか、新しい車を買う資金にしようか……。


 女に吐き捨てた言葉も、ましてや女の存在さえも。俺の頭からはとっくに消え去り、今は手の中の大金しか目に入らなかった。

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