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喫茶『Stern』 〜 月曜日の珈琲 〜  作者: 夏川 流美
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【喫茶】出会い、食器の割れる音

 出会いは、俺が初めてこの喫茶店に来店した時だった。




 憂鬱な気分で手をかけた扉。引いた瞬間に、店内から甲高い物音が響き渡った。食器が割れた音だというのはすぐに分かった。


 ああ、幸先悪いな。


 初めての来店で、初めに耳にした音が食器の割れる音とは。憂鬱な気持ちが、更に暗く、重たく感じられた。はあ、と溜息を落として中に入る。カウンターのすぐそばに、一人の男が立っていた。そいつは割れた食器を躊躇無く踏みつけ、店長や他の客に今にも殴りかかりそうな雰囲気を醸し出していた。



「なあ、あんた。こんなとこでなに暴れてんの」



 つかつかと近寄りながら声をかける。一見、ちょっと不真面目な男程度にしか見えないが、かといって店長や大人しそうな他の客に相手できそうにもない。出禁にならないように相手しないとな、などと覚悟を決めていると、男は標的を俺に定め、威嚇するようにカウンターを蹴りつけた。



「てめぇには関係ないやろ、しゃしゃり出てくんなや」


「いやいや。暴れたいなら表出ろよ。ガキじゃねえんだから、こんなとこで暴れんなって言ってるんだけど?」


「……んだと、喧嘩売ってんのか? 俺に説教垂れやがって、上等やわ」



 喧嘩は売ってねえし、暴れたいなら表出ろって言っただけだし。なんて言い返そうにも、その隙無く男は殴りかかってきた。容赦なく殴ってくるあたり、度胸はあるんだろうけど……やり方は下手だな。実戦経験は少なそうな気がする。


 とりあえず、まともに食らってやる理由もないので、避けつつ腹に一発殴り込んでおく。まさか反撃がくると思わなかったのか、はたまた腹のダメージがでかかったのか。目を見開いた男は苦しそうに椅子に手をつく。



「暴れるなら表出ろって。俺、店の中で暴れるのは好きじゃねえからさ」



「……うるせぇ。俺のやり方に口出しすんなや!」



 男は懲りずにまた殴りかかってきた。あーこいつ、多分しつこいな。そう思ったらやり合うのも面倒臭くなってきた。今度は逃げずに顔に拳を受ける。男の顔が爽快さに歪んだのを捉え、直後にしっかりと顔面にお返しを食らわせた。近場の机に身を打ち、床に倒れ込む男の上に立つ。そいつの鼻から伝う血液の、なんとも情けないこと。



「まだ気ぃ済まねえか?」



 そう言い放ってやると、男は悔しそうに拳を床に叩きつけた。だが、返答することも他に八つ当たりすることもなく、現場をそのままに逃げ去った。




「散らかしてごめんな、姉ちゃん」


「あ、いえ……むしろ助かりました。ありがとうございます」



 店長に声をかけると、怯えた顔も声色もせず、裏から持ってきたホウキで食器を片付け始めた。手伝おうとしたが止められ、席に座るよう促されたので、そこは好意に甘える。


 カウンター席に座り、ようやく落ち着いて店内を見渡す。深い木の色が心を安らげる静かな場所だ。まあ、さっきは決して静かとは言えなかったが、それはあの男が悪い。微かに耳にできるBGMに、凝り固まった肩の力を抜いた。


 少しして、片付けを終えた店長がこちらにやってくる。



「先ほどは本当にありがとうございました」



 こちらが照れくさくなるほど頭を下げるので、思わず目を逸らして頬を掻く。そんなお礼を言われることでもないと思っているため、むず痒い。返答に困り「ああ、いや」と戸惑ってしまった。どうにか今の状況から逃げようと頭を巡らせる。



「そんな、いいからさ。キリマンジャロ1杯頼むよ」



 普通を取り繕って注文をした。キリマンジャロを特段好んでいるわけではないが、パッと浮かんだコーヒーがそれしかなかった。


 かしこまりました、と笑顔を見せて去って行く店長。距離を確認し、長い溜息を吐いた。


 


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