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喫茶『Stern』 〜 月曜日の珈琲 〜  作者: 夏川 流美
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一途

 彼の初めての相手は、全て私だった。


 彼の初めての彼女が、私だった。




 女性との通話が初めて。


 女性とのお出掛けが初めて。


 旅館に泊まったことが初めて。


 お洒落に興味を持ったことが初めて。




 料理を人に振る舞ったことが初めて。


 カラオケで8時間歌ったことが初めて。


 唐揚げ専門店に行ったことが初めて。


 クレープを食べたことが初めて。





 それから、


 初めて手を繋いだのも。

 初めて抱きしめたのも。

 初めてキスをしたのも。


 


 どれもこれも、私が彼の初めての相手だった。たくさんの知らないことを、私が教えてあげた。そうすることで、目を輝かせて喜ぶ彼の姿が、すぐ近くで見られたから嬉しかった。


 今後も、ずっと続くのだろうと思っていた。いつか同棲して、プロポーズされて。そして、私も彼も知らないことを一緒に経験するようになる。そんな未来が待っているのだと、人知れず思っていた。





――なのに




「ごめん。…………別れたい」


「他に好きな人ができた」




 ある時、彼は俯いてそう言った。




 思考回路は上手く動かなかった。彼が何と言ったのか。聞いていた筈の言葉は、理解できずに私の心に穴を開けた。だらりと、血液が漏れ出たような感覚に冷や汗が伝った。




 怖かった。




 この先、彼はその好きな人と、私の知らない初めての体験をしていく。その度に、私にだけ見せてくれていた大好きな笑顔を浮かべる。


 私が彼にあげた初めての数より、その好きな人と過ごした初めての数のほうがいつの間にか多くなっていく。


 彼と私の初めての経験は、いつしか好きな人との思い出に塗り替えられ、忘れられて。



 そうなることが怖かった。

 私以外に彼の初めてを盗られるのは許せなかった。いつだって、どこでだって、何にだって、初めては私が良かった。






 だから、


 殺した。





 背を向けた彼の心臓を狙って、一思いに刺した。抵抗されたら困ると思って、もう一度刺した。肉を突き刺す感触が、私の瞳を濡らした。




 憎かったの。


 けど、大好きだった。






 だから、


 殺した……。

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