化粧
『ごめん、別れたい』
付き合って3年。彼から別れの連絡がきた。不快な湿気が煩わしく、窓に打ち付ける雨が騒がしい。そんな日だった。
内緒で会いに行こう。そろそろ仕事が終わった筈だから。
そう思い立って、いつも以上に丁寧にお洒落をした。内緒で会いに行くからこそ、ちゃんと可愛い格好で出迎えたくて。だから数時間前から準備をしていた、のに。
髪の毛が乱れないように注意を払って、小走りで駆け込んだ車の中。息を整えてる束の間に、彼からの別れは告げられた。
ハンドルに頭をつけ、か細い息を吐く。心臓が煩く全身に脈を打つ。スマホを握りしめた両手は、小刻みに震えていた。
ただ、なんとなく
分かっていた気がした。
彼の態度が段々と適当になっていた。
だけど私の態度も、段々と適当になっていた。
良くも悪くも、私たちはお互いの存在に慣れていた。そして彼は飽きて、冷めた。
思い返せば、私がここまでしっかりとお洒落をしたことなんか、いつ振りだっただろう。彼に可愛いと褒めてもらいたくて、頑張っていたお化粧は……いつからか、手を抜き出して、眉毛を描けば良いほう、な程度が普通になっていた。
それ故、なんだか分かってしまうんだ。
彼が別れを告げた理由を。
明確に言葉にはできないけれど、今の私じゃダメになった。今の私だからダメになったってこと。
唇を強く噛み締め、膨らんだ目蓋から落ちる雫は、スマホの画面を揺らした。悴んだ指先で、濡れた画面を拭うように操作する。
『わかった。別れよう』
『今までありがとう』
本当は別れたくない。惨めに引き止めたい。もっとずっと、愛していてほしい。けれど、これは私が悪い。彼の優しさに甘え続けた私が引き起こした結末。
嫌だ、なんて言葉は飲み込んで。自分の中でぐっと抑え込んで。
『ごめんね、こちらこそ、今までありがとう』
何の躊躇もなく送られてきちゃう、彼からの言葉に、私はひとり、泣き喚いた。
彼の為に色塗った顔は、あっという間にぐちゃぐちゃに醜くなっていった。




