表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
喫茶『Stern』 〜 月曜日の珈琲 〜  作者: 夏川 流美
27/60

化粧

『ごめん、別れたい』



 付き合って3年。彼から別れの連絡がきた。不快な湿気が煩わしく、窓に打ち付ける雨が騒がしい。そんな日だった。



 内緒で会いに行こう。そろそろ仕事が終わった筈だから。


 そう思い立って、いつも以上に丁寧にお洒落をした。内緒で会いに行くからこそ、ちゃんと可愛い格好で出迎えたくて。だから数時間前から準備をしていた、のに。


 髪の毛が乱れないように注意を払って、小走りで駆け込んだ車の中。息を整えてる束の間に、彼からの別れは告げられた。



 ハンドルに頭をつけ、か細い息を吐く。心臓が煩く全身に脈を打つ。スマホを握りしめた両手は、小刻みに震えていた。


 ただ、なんとなく

 分かっていた気がした。



 彼の態度が段々と適当になっていた。

 だけど私の態度も、段々と適当になっていた。


 良くも悪くも、私たちはお互いの存在に慣れていた。そして彼は飽きて、冷めた。



 思い返せば、私がここまでしっかりとお洒落をしたことなんか、いつ振りだっただろう。彼に可愛いと褒めてもらいたくて、頑張っていたお化粧は……いつからか、手を抜き出して、眉毛を描けば良いほう、な程度が普通になっていた。


 それ故、なんだか分かってしまうんだ。


 彼が別れを告げた理由を。

 明確に言葉にはできないけれど、今の私じゃダメになった。今の私だからダメになったってこと。



 唇を強く噛み締め、膨らんだ目蓋から落ちる雫は、スマホの画面を揺らした。悴んだ指先で、濡れた画面を拭うように操作する。



『わかった。別れよう』

『今までありがとう』



 本当は別れたくない。惨めに引き止めたい。もっとずっと、愛していてほしい。けれど、これは私が悪い。彼の優しさに甘え続けた私が引き起こした結末。


 嫌だ、なんて言葉は飲み込んで。自分の中でぐっと抑え込んで。



『ごめんね、こちらこそ、今までありがとう』



 何の躊躇もなく送られてきちゃう、彼からの言葉に、私はひとり、泣き喚いた。


 彼の為に色塗った顔は、あっという間にぐちゃぐちゃに醜くなっていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ