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喫茶『Stern』 〜 月曜日の珈琲 〜  作者: 夏川 流美
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嘘つきが泣いた日

「ずいぶん、苦しそうに笑うのね」



 頬に柔らかな指先が触れた。折れそうなほど華奢で、病的なほど色白い、そんな彼女の指先が、熱を持った僕の頬を溶かすようにひやりと触れた。


 なぜか、堪えていたものが崩れていくようだった。


 胸に抱えたまま見ないふりをしていた、日々成長していく岩の塊が。喉に詰まって吐き出せなくなった、粘度の高い泥団子が。目の奥で波を打つことをやめた、塩の流れが。


 どれもがあっという間に崩れていくようだった。触れられた頬から彼女の体温を感じ、言われた言葉がようやく目に映る。ぼろっと、涙が伝った。


 一滴出てしまえば、もう抑えは効かない。左から、右から、左から。ぼろぼろ、ぼろぼろと落ちていく涙に嗚咽を漏らした。




 何か優しい言葉をかけてもらったんじゃあないと、理解している。大丈夫? と聞かれたわけでも、無理しないでね、と言われたわけでもない。


 それなのにこんなにも、彼女の一言が刺さったのは。


 本当は気づいてほしかったから。無理やり笑っていることが苦しいことに。辛くて、気持ち悪くて、でも素直に言うことなんてできなくて。


 笑って誤魔化して生きてきた。それが当たり前だと自己暗示してきた。「辛い」のたった一言が言えず、苦しいくせに平気そうなふりを続ける自分のことが、嫌いになっていった。笑顔を浮かべてみるたびに、ぐるぐる渦巻く負の感情、負の連鎖に倒れそうだった。




 それでも、周りにも自分にも嘘ついて誤魔化してへらへら笑い続けてた。


 だからまさか、気づいてもらえる日がくるなんて夢にも思っていなかった。


 泣きじゃくる僕に、彼女は優しく背中を叩く。それ以上何も言わず、ただ黙って隣にいてくれることが嬉しかった。



 いつの間にか、今まで言えなかったことがまるで嘘のように



「くるしい」



 と、声に出していた。

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