海の頂上でふたり
息を切らして、上りきった坂道。顔をあげると、辺り一面には見渡す限りの青い花。奥の奥まで続き、空との境界線も曖昧になってしまう鮮やかな青さ。
「……海みたいだね」
私の口から出た言葉は、誰にも拾われずに地面に落ちた。または、海の中に吸い込まれてしまったのかもしれない。
もしここに彼がいたら、
「本当だね、海みたいだ」
と答えてくれただろう。
だけど、私の隣に彼がいたのは遠い昔。最後の思い出の場所が、ここだった。その時の私はまだ何も知らなくて。彼に想い人がいることを伝えられたのは、およそ1ヶ月後のことだった。
あの頃、彼は真摯に向き合おうとしてくれた。
誠心誠意の謝罪を幾度も繰り返してきた。私が「この日までは、一緒にいてほしい」と条件を出すと、躊躇する顔色ひとつ見せずに快諾した。別れる日まで、彼は確かに私の恋人で、私は確かに彼の恋人だった。
そんな優しい人だからこそ、許せなかった。優しいくせに、他の人に目移りしたことが。別れるくせに、私に優しくしちゃう優しさが。
だから私は最後
「友達には戻れないね」
冷徹に吐き捨てて、目の前で連絡先を消してやった。目の前で写真を全部消してやった。目の前でお揃いだったネックレスをゴミ箱に捨ててやった。
最低だという自覚はあった。全ての行為が、彼だけじゃない、私にも大きな傷となった。でも……でもそうしないと、私、彼から離れられなかった。離れたくなかった。嫌いになれないから、嫌いになってほしかった。
案の定、彼は憤っていた。言葉にはされなかったけれども、表情や態度で分かった。私たちの縁は、そこで終わった。
思い出すだけでも、涙が伝う。今だって、流れていく大勢の人波の中、立ち尽くしているのは独りぼっちの私だけ。
もしも、なんて考えても
私がしてしまった行為は何一つ取り返せやしないし、彼と作り上げた大切な思い出達は二度と手に入りはしない。
それでも、もしも
私が彼を許すことができていたのなら――?




