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喫茶『Stern』 〜 月曜日の珈琲 〜  作者: 夏川 流美
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【喫茶】甘い目元は伏せられた

「店長さーん、カフェ・コレットお願いしまーす」



 翔真がカウンターの店長に向かって声を上げると、店長はすぐに快い返事をした。渡していた原稿用紙を返されたので、恐る恐る反応を伺う。



「その……僕の話は、お嫌い、でした?」



 すると翔真が目をまんまるく見開いて「まさか」と笑う。



「オレ、お兄さんの書く話めっちゃ好きだよ。そうだなぁ、特に『さようなら、ごめん』の話。なんというか……人間らしい」


「人間、らしい……。そんな感想、いただいたの初めてです」


「あれっごめん、オレ失礼なこと言ったかな」


「いいえ、嬉しいです。ありがとうございます」



 僕の紡いだ物語に、人の姿を感じてくれているなら、それは何よりも喜ばしいことだと思う。本当に素敵な感想を貰えた、と心が躍る。


 原稿用紙を整えて鞄に仕舞うと同時に、翔真が頼んでいたコーヒーがテーブルに置かれた。ホイップクリームが浮かんでいるそれに、翔真は躊躇なく口につける。



 甘い目元が伏せられ、コーヒーを嗜む姿はまるで王子…………と言ったら、大袈裟だろうか。しかし、ルックス・性格の良さに、コーヒーがよく似合う。



「そんなに気になるなら、飲んでみる?」



 思わず見つめていたことがバレ、我に返ると翔真がコーヒーを差し出していた。勢いよく手を横に振って断る。変なことを考えていたのだと、言えるわけもなく。



「それ、どんなコーヒーなんですか」


「グラッパってお酒とエスプレッソが入ってる。美味しいよ」


「お酒だったんですか!? 意外……」



 理由は違えども、断っておいて良かったと胸を撫で下ろす。それにしても、王子だと思ったら酒を飲んでいたのは予想外だった。そもそも、喫茶店に酒の入ったコーヒーがあること自体、知らなかった。



「あは、意外だった? ここに来てからさ、お酒ちょっと入ってないと気持ちが落ち着かなくて」


「……何かあったんですか?」


「オレね、ホストやってたの。……でも、ずっと2番手。みんなオレのこと、2番手2番手って馬鹿にしてた」





***



 身内とか友達とか彼女とかに、かっこいいよって褒めてもらえる容姿なんか、ホストの世界ではすぐに霞んだ。そんな中でオレが教わったのは、女の子達に借金させてまでもボトルを入れさせろ、売上を出せってことだった。


 ホストの世界は、女の子達を人とは思ってないんだって分かった。少なくともオレのいた店ではね、お金を絞るだけ絞ったら要らないって、簡単に捨てられるような男ばっかりがいたんだ。



 今となっては、早々と店を変えておけば良かったと後悔してる。でも、副店長に借りがあって。学生時代に道を踏み外したオレを、物凄い剣幕で怒ってくれた……命の恩人、とも言えるかな。だから、そんな店だけど働いて恩を返したかった。辞めたくなかったのも、事実だよ。


 ただ、オレにはできなかった。女の子達に借金させるとか。無理してまでボトルを入れてほしくなかった。たまにさ「1回くらいなら無理しても平気だよ」ってすごい高いボトル入れようとしてくれる女の子もいたんだけど…………やめてって断っちゃった。本当に、無理してほしくないんだ。みんな大切なお客様だったから。



 そんな営業ばっかしててさ、店長や他のホストからは勿論ヒンシュクを買ったよ。散々悪口言われた。それならもういいか、辞めちゃおうかなって思ったときには、指名してくれる女の子が何人もいてくれた。その子達見捨てて、オレ辞められなかったんだ。正直、馬鹿だよね。


 こんなオレを指名してくれる女の子を、とことん大事にしようって。他のホストの何十倍も、幸せにしてあげようって思いながら接していたら……指名が増え続けて、大きな売上を作ってくれるお得意様まで出来て。気が付けばナンバー2。ナンバー2だなんて知った時、涙ぐむほどに嬉しかった。なにより、早く女の子達に伝えたくて仕方なかった。



 流石に、そこから1番手にはなれなかったんだけどね。まぁ、話長くなっちゃったけれど……オレがお酒を欲してるのは、決して2番手だったからじゃないんだ。



 いつだったかな、オレを指名してくれる女の子のアフターに付き合ったんだよね。近場のバーで飲み直しっていう健全なアフターなんだけど。


 それで、帰り道。彼女はそれなりに酔っていたから支えつつ歩いてた。そしたら途中で彼女がスマホ落としちゃって。滑っていったんだ、道路に。


 彼女がフラついた足取りで手を伸ばそうとするから、危ないよって制して、オレが代わりに道路に出た。そんで、オレもちょっと酔ってたせいかな……周囲の確認しないで、スマホ拾おうとしちゃったんだよね。



 案の定というか、運が悪かったというか。猛スピードで車が突っ込んできて…………そのまま目覚めることなく、死んだんだ。


 彼女、絶対気にしてると思う。目の前で事故が起きて、オレが死んでしまって、ましてや原因が……言い方悪いけど、彼女だなんてさ。間違いなく心が弱ってる。


 彼女は根っから優しい純粋な子だった。高いボトルを嫌がる僕の為に「給料が入った日だけ、1本だけ許して」ってお願いしてくるような子だった。自分だけじゃなくて、いつも僕の体調まで気遣ってお酒入れてくれていた。


 そんな子だったからさ、キツい筈だよ。立ち直ってくれていれば、それはそれで嬉しいのだけれど……。



 それだから、ずっと心配なんだ。不安で不安でたまらない。オレのせいで彼女が思い詰めたまま生きていたなら、どうしようって。もうオレに何もできない、確認する術もない、だけど考えるだけでやるせない思いが溢れ出しそうになる。



 だから死にきれないまま、ここに居る。カフェ・コレットを飲んでるのもさ、少しでもそんな気持ちを紛らわせたいだけなんだ。

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