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喫茶『Stern』 〜 月曜日の珈琲 〜  作者: 夏川 流美
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ペンライトを振った

 心臓に、脳内に、全身に、この広い会場に。響き渡るのはキラキラした音楽と、透き通った甘い幾つかの歌声。


 奇跡的にチケットが取れた、アイドルグループのライブ最前列。私が握りしめるペンライトの水色は、リーダーである彼のイメージカラー。



 今や、可愛らしくも格好良くもある衣装をなびかせ、軽快に歌って踊る最年少リーダーになってしまった彼とは、昔、仲が良かった。小学生までとにかくよく遊んでいて、小学生最後のバレンタインの日に私は「好きだよ」と伝えた。


 冗談っぽく言ったせいか、瞬時に恥ずかしくなって笑って誤魔化してしまったせいか、彼からの返事は貰えていない。そして中学校が離れ、彼はその頃からアイドルへの道に進んでいった。



 小学生の気持ちだった。本気かどうか、自分でも分からない程度の気持ちだった。もう随分月日が経ち、どんな想いだったのかも曖昧になった。


 それなのに、私はずっと忘れられないでいる。


 彼のことが好きだと伝えた日のこと。

 やっぱり返事が欲しかったと、自覚して反省して後悔して、それでも恥ずかしくて自己嫌悪で涙したような、単純で複雑な小学生の気持ちを。



 彼と連絡は取っていない。取れるかどうかも分からない。そもそも連絡する勇気が、湧いてこない。だから代わりにこうやって、都合のつく限り彼のライブに顔を出している。



 もし、万が一。彼が活動に忙しくて私が告白したことなんて忘れてしまっていても。ましてや、私と仲良かったことさえも記憶の隅にしまいこんでしまっていても。


 それでもいいんだ。昔と変わらない無邪気で明るい笑顔が見られれば。その間だけは、忘れられない気持ちもどこかぼんやりとする気がしているし。






 さて、ライブももう終盤かな。


 ノンストップで流れ続ける曲のリズムに乗って、ペンライトを振っていると




「――ずっと好きなまま、だよ」




 そう歌う彼と、目が合ったような。


 途端、跳ね上がる心臓。彼しか視界に入らなくなる。柔らかく細められた目元、マイクを持つ長い指、どれもが懐かしくて、どれもが愛おしくて。



 だけど、前後左右から上がった一瞬の黄色い悲鳴。「こっち見てくれたぁ」と小声で騒ぐ前後左右の女性客。


 分かっていた、ただのファンサだ。広い会場の中で、私を見てくれるわけがない。そう考えて少しだけ、悲しくなる。




 でも。




 あの視線が、私だけに向けられたものだったら良いのにな、なんて。そんな淡い夢を抱いて、水色に光るペンライトを精一杯振った。

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