【喫茶】髪の内側はピンク色
また今日も、喫茶Sternへと足を運ぶ。目的は無論、小説を書くため。すっかりお気に入りとなった珈琲『ミルキーウェイ』をお供に、店内の優雅なBGMを聴きながら執筆することの、なんと贅沢なことか。
出迎えてくれる店長に会釈を返す。いつもの席へ、と向けた視線の先には、見知らぬ男性が既に座っていた。
仕方ない、今日は違う席にしよう。出鼻を挫かれたような気がして、なんとなく晴れない気持ちを持ちつつ店内を見渡す。するとすぐに、定位置としていた席の方から声がかけられた。
「おーい、お兄さん。オレ退くからさ、ここ座ってよ」
振り向けば、声の正体は先程の見知らぬ男性。随分と気さくに話しかけてきたが、本当に面識のない相手だ。曖昧に頷いて近付くと男性は立ち上がり、向かい側に座り直した。
同じテーブルであることに変わりない。これは、退いたと言わないのではないか……?
ぎこちなく椅子に腰を下ろす。今まで人が居たという温もりが伝わってきて、むず痒いような戸惑いがあった。
「お兄さん、最近よく来て何かしてるよね。何してるの?」
テーブルを挟んでいるにも関わらず、ずいっと詰めてくる顔の距離。肩につかないくらいまで伸びている男性の髪の、内側に染められた鮮やかなピンク色が目に映った。
緊張か焦りか、返答しようにも言葉が上手く吐き出せない。その上、揺れるピンク色に目を奪われたまま、逸らせなかった。すると男性は椅子に深く腰掛け直し、苦笑いをこぼして発言を改めた。
「急にごめんね、驚かせちゃったかな。オレ、倉持翔真って言います。お兄さんがいつも一生懸命なにかやってるから、気になってつい、ここで待ってました」
「あぁ、えっと……僕は、相田信也です。その、大したことは何もしてませんよ?」
「まさか。あんなに頑張って取り組んでるのに?」
目を細めておかしそうに笑う男性――翔真。自己紹介を経て少し落ち着いた僕が、次に目に映ったのは両耳にずらりと並んだ銀色のピアスだった。穏やかで甘い声色と、眉尻を下げた笑顔が特徴的な表情からはギャップを感じる。
髪にはピンクが入っているし、躊躇なく開けられたピアスの量からして……もしかして、僕とは生きてきた道筋が全く違うのでは。
とはいえ、翔真の優しい態度のおかげか恐怖は感じない。わざわざ待っていたくらいなのに突っ返すのも悪いよなぁと、鞄から取り出した執筆道具を一式、テーブルの上に広げた。
「わ、なにこれ。原稿用紙とペンと……もしかして、文章書いてるの?」
「はい。……その、拙い文章ですけど、いつもここで小説を書いてます」
「へぇー! 小説書いてるとか、お兄さんすごいなぁ。ねぇ、オレも読みたいな。いい?」
文章力、構成力、発想力。なにをとってもまだまだ未熟だ。それなのに人に読まれるのは……ましてや、知り合ったばかりの相手に読まれるのは、かなり抵抗がある。
だけど、翔真がにこにことした笑顔を向けたまま強請ってくるから。明るい威圧に押し負けた僕はテーブルに視線を落として、僅かに、ほんの小さく、首を縦に振った。




