【喫茶】名物コーヒー
「いらっしゃいませ、喫茶 Stern へようこそ」
中に入ると、一人の女性が優しく声をかけてくれた。オドオド狼狽える僕に、ふんわりと笑みを浮かべて「お好きな席へどうぞ」と案内してくれる。
ここは、とある街角の喫茶店。木造建築の外観から想像通りと言うべきか、中に入っても静かで穏やかな空気が漂っていた。
時刻は午後9時。通常の喫茶店なら、もうとっくに閉まっている時間帯。しかしこの店は、昼と夜とに分けて営業している変わった店だ。
店内はさほど広くない。テーブル席が4席、カウンター席が5席分という狭さだ。口コミからして人気店だろうに、勿体無さを感じる。
カウンターに一番近い窓際、テーブル席に腰掛ける。荷物を横に置いて一息つくと、先程の女性店員がメニュー表とお冷を持ってきた。
「ご注文がお決まりになりましたら、そちらのボタンでお呼びください」
そうして去っていった店員は、すぐに別の客に呼ばれて、注文ついでに談笑を始めていた。
メニュー表の先頭でお勧めされていたのが、店名物のコーヒー『Milky Way』
詳細は何も書かれていないが、とりあえずこれを頼むためにボタンを押す。小さな返事と共に、店員はすぐさま来てくれた。
「ミルキーウェイってやつ、ください」
「かしこまりました。その他にご注文はございますか?」
「あの……ここで小説を書いても、いいですか?」
「えぇもちろんですよ。ゆっくりなさってください」
店員の承諾を無事に得られ、安堵の溜息をつく。ふと名札に目を向けると、そこには『店長』と書かれていた。
店長だったんですか。驚いて話しかけようとしたが、その時にはもう一礼して場を離れていた。
コーヒーを注ぐ音が、のんびりした店内に響く。取り出した小物たちを、テーブルの上に広げていく。小説を書くことを趣味としていた僕は、居心地の良いこんなカフェを探していた。
「お待たせいたしました。Milky Wayでございます」
コトリと置かれた高級そうなカップ。注がれた色の濃いコーヒー。そこへ店員が――否、店長が入れ物から小ぶりのスプーンで何かを取り出す。
繊細な指先で、コーヒーの上へ振りかけていく…………これは、銀箔?
「Milky Wayは日本語で、天の川、を意味します。こちらのコーヒーも、天の川を再現しているんですよ」
そう言われて目を向けてみると、なるほど、たしかに天の川に見える。黒いコーヒーに銀箔が美しく映えていて、星屑のよう。
ゆっくりと、口をつける。途端、舌先に走る苦味。だけど、きつくない。飲み込んで残るさっぱりとした爽快感。じんわりと鼻から抜けていくコーヒーの香りが、どことなく甘くて癖になる。
今なら、良い話が書けるかもしれない。
僕はペンを手に取ると、原稿用紙に走らせた。