パンダちゃん町へ
昼ごはんが終わって、ヒュプは再び[EGO]にログインした。
「お待たせ、クロム、フィユ~」
「ホ~」
「グォ~」
「モフモフで可愛いな。そうだ、フィユのステータスとスキルを確かめなきゃ」
そう言いながら、フィユのステータスパネルを空中に浮かべる。
――――――
名前:フィユ〈ヤンチャパンダ〉種族:野獣系 属性:無
レベル 1
体力9 筋力13
魔力5 精神7
敏捷14 器用9
スキル:[跳躍][パンチLV1][キックLV1]
――――――
「ふむふむ。パンチとキック、フィユは格闘家みたい。すげー!」
「グォ!」
フィユは拳でその白く柔らかな胸をトントンと叩く。
「戦闘を任せてって意味だよね。フィユ頼もしいな~、じゃあ、まず町に帰ろう」
「ホ~」
「グォ~」
森の外へ向かって行くと、一匹のビックパンダに遭遇する。
「フィユはまだレベル1だから、ここは俺たちに任せ…」
「グォ!」
ヒュプの話がまだ終わってないうちに、フィユは弾丸のような速度でビックパンダへと突進していた。
「フィユ、危険だ!早く戻れ!」
ヒュプが気付いた時、フィユは既に跳び上がって、ビックパンダの足に蹴りかかる。
ビックパンダの体勢が崩れた瞬間、その背中に飛び乗って、篠突く雨のような勢いでビックパンダの頭に立て続けに拳を叩き込む。
ビックパンダが直ちにその丈夫そうな前足でフィユに襲い掛かるが、フィユは素早く地面に降りて、ビッグパンダの体の下に潜り込む。
「グォっ、グォっ、……!」
マシンガンのスピードより速いくらいの勢いでパンダの腹に立て続けにパンチを叩き込む。
「ナイスパンチ!フィユ」
「グォ~」
「すげえ!フィユは思ったより強いね、クロム」
「ホ~」
レベル10のビックパンダがレベル1のフィユの前に、まるで砂袋のように殴られることしかできなかったのだ。
数十回のパンチを受けた末、光となって消えていった。
『従魔:フィユのレベルが4に上がりました』
――――――
名前:フィユ〈ヤンチャパンダ〉種族:野獣系 属性:無
レベル 1→4
体力9→12 筋力13→18
魔力5→6 精神7→10
敏捷14→20 器用9→12
スキル:[跳躍][パンチLV1][キックLV1]
――――――
勝利したフィユはまるで子供のように、ヒュプの胸に飛び込んで甘える。
ヒュプはフィユを撫でながら、優しく説教する。
「よしよし~、いいか、さっきのように心配かけることは二度としちゃいけないぞ!」
「グォ~」
帰る途中で、また数匹のモンスターを倒した。
そして、やっとビックパンダのカードを手に入れたのだ。
町に戻った時、フィユは既にレベル6に上がっていた。
もう午後だから、町に歩いているプレイヤーはだんだんと多くなってきた。
「えっと、どこに行こうかな。ん…まずエルマさんのところにいって、素材を回収して貰おう!」
ヒュプはそう決めると、飛び跳ねるような足どりで商店街へ向かって行く。
しかし、ヒュプは肝心なことを忘れていった。
パンダちゃんセットを纏ったヒュプは今、正しく可愛いパンダちゃんなのだ。
よって、プレイヤー全員の視線はヒュプに集まった。
「ほら、見て、可愛いパンダちゃんだ!」
「うわぁ!本当だ!ぎゅっと抱きしめたいな~」
このような会話が耳に流れ込むと、ヒュプはフィユを撫でながら話をする。
「フィユ、お前人気あるね~!やっぱり可愛いは正義だ」
「グォ~」
クロムは周りのプレイヤーたちの顔つきを目にして、更にヒュプの自覚のない言葉が聞こえると、溜息を吐く。
「ホ…」
「クロム、元気がなさそうだね、大丈夫?まさかヤキモチ?案ずるな、クロムとフィユどっちも大好き!ねぇ、フィユ~」
「グォ~」
天然系幼女の主を見て、クロムは頭を横に振って、再び溜息を吐く。
「ホ…」
人気者はフィユじゃなく、自分だということに全く気付かなかった可愛いパンダガール。エルマの屋台にやってきた。
夏休みになったせいかもしれない。屋台の前に顧客がいっぱい集まっている。
「エルマさんこんにちは」
「こんにちは、ちょっと待って、今日は意外に忙しい……」
エルマは素材を数えながら、目線をヒュプのところに移す。
すると、可愛いパンダ娘が目に飛び込んできた。
「えっ!ヒュプ…くん?その格好どうしたの。パンダちゃんのコスプレ?」
「コスプレ…!うわぁ!」
エルマにそう言われて、ヒュプはやっと気付いた。先ほどのプレイヤーたちに言われたパンダちゃんはフィユでなく、自分のことだった。
その場に居る他のプレイヤーたちからの目線に気付いたヒュプがまるで恥ずかしがる幼女のように、目玉焼きでも焼けるかというぐらいに顔を真っ赤にして、もし地面に穴があったら今すぐ入っていただろう。
「完全に忘れてた、今の俺はパンダだ!早く着替えないと!」
「ホー!!!」
「グォ!!!」
着替えという言葉が聞こえると、クロムとフィユはビックリして顔色が真っ青になって、ぎしぎしと首を横に振る。
しかし、羞恥心に引っ張られてしまったヒュプは全く気付かなかった。
エルマはそれを目にすると、ヒュプを宥める。
「まぁ、すっごく可愛いから、大丈夫!」
「でも…」
「でもじゃないよ。そして、着替えたら、ガッカリする子がいるらしいよ」
「えっ!?」
「ホー…」
「グォ…」
エルマにそう言われると、ヒュプはやっと落ち込んでいるクロムとフィユのことに気付いた。
すると、モフモフたちの頭を撫でながら詫びる。
「ごめんね、お前たちの気持ちに全く気付けなかった俺は主人失格だ!許して…」
クロムとフィユは真面目に詫びるヒュプの顔を見て、喜びを顔に浮かべる。
まるで「もう大丈夫だよ」と示すように、羽先と手でヒュプの頬を撫でる。
「ホ~」
「グォ~」
「ありがとう!クロム!ありがとう!フィユ!」
このようなほのぼのとしたシーンを目にして、エルマとその場の顧客たちは癒されたようにほほが緩む。
エルマが言う。
「これで大丈夫よ。ヒュプくんは本当にいい主だよね。可愛いパンダちゃんの肩に座ってる可愛いパンダちゃんの名前は何かな~」
「もう!エルマさん、俺は男です!この子はフィユです。フィユ、挨拶して~」
「グォ~」
「よろしくね、フィユちゃん。ところで、わざわざうちに来て、何か欲しいの?」
「あ、すみません。完全に忘れてました。素材の回収を頼みたいです」
ヒュプはビックパンダからドロップした素材をエルマに手渡す。
屋台の横に山ほど積まれた毛皮や肉などの素材を目にして、エルマは頭を抱えて溜息を吐きながら、あるアイデアが浮かぶ。
「はぁ…仕事がまだいっぱいあるのよね…ヒュプちゃん、ちょっといい?」
「えっ、何ですか?」
「うちの店でバイトをやってみない?時給20000Gはどう~!」
「えええ――っ!でも、俺はまだ予定があり……」
「お願い、このままじゃ私死んじゃうよ!お願いだから!」
「でも……」
元々、ヒュプの予定は町で散策を楽しむ。或いは、モフモフたちと一緒にレベリングをすることだった。
「ホー!」
「グォ!」
躊躇っていると、クロムとフィユはそっと露店に飛び乗って、期待する眼差しでヒュプをジーっと見つめる。
「ほら、クロムちゃんとフィユちゃんがやる気満々だわ。ヒュプくんお願い!バイト代以外にもいい情報を教えるわ!」
「そう言われても、俺は仕事のやり方なんて全く分かりません…」
「大丈夫、仕事は私がやる。ヒュプくんは可愛いんだから、接客だけでもいいわ!」
「えええ――――――――っ!俺は男です――――っ!!!」
「ホ~」
「グォ~」
こうして、受付嬢としてのバイトが始まった。
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