プロローグ
オレンジ色の居留守
プロローグ
あまり大きくはない街の端っこに4階建てのアパートがある。そのアパート自体はコンクリート造りの古い建物だが内装はリノベーションによってキレイに生まれ変わっている。
私がこの古いアパートを私の新しい家として選んだのは部屋の西側に大きな窓があったからだ。窓とはいったがそれは正確には窓ではなく、壁の一部がガラスになっているという造りだ。もちろん壁だから開かないし鍵もない。
ただ、そのガラスの壁から差し込む西日が強烈だった。私はこんなに眩しい光を見たことがない。それはまるで空から神様がやってきて何か神聖な儀式が始まるのではないかというくらいの眩しさだった。そして、きっとその儀式を我々人間から見えないようにその眩しさで隠しているのだ、と思った。この何も見えない状況では時間の感覚さえ分からなくなってしまう。私は一瞬とも永遠とも感じる不思議な空間にいるようだった。
ふっと光が柔らかくなった。少しずつ、でも確実にさっきまで見えていたものが姿を現した。神様の儀式が終わったのだ。何故かは分からないが私は心からほっとして軽くため息をついた。
「どうですか?なかなか良い部屋でしょう?」担当の不動産屋さんの声で我に返った。
「この部屋なら問題ない気がするよ。4階だから一人暮らしでも安全そうだし」と、恋人の田辺君が続けて言った。私が部屋を探すのを手伝ってくれているのだ。私は二人を振り返って返事をした。
「ここ気に入ったかも」そしてもう一度光が差し込む窓の方を見たが、もうあの強烈な光の姿はなかった。
代わりに穏やかな夕陽がここから見渡せる街全体をオレンジ色に染めていた。帰るところがない犬も、壊れかかった公園のベンチも、それぞれに鮮やかな色をもって咲き誇る花も、目に映る全てのものを優しく包み込む、そんな夕方の景色が広がっているだけだった。空はとてもきれいな夕焼けで、私がこの部屋に決めることを後押ししているかのように思えた。
それから数日後、私はあのアパートで暮らす正式な契約をした。