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皆様のご活躍をお祈り申し上げます

 



 *



 私、クラネット・カーラーが前世を思い出したのは我が子を胸に抱いた時のことだった。

 黄金のたっぷりとした髪の毛に赤い瞳、その時はあれーどこかで見たなーと思った程度だった。夫がその赤ん坊に無表情で名を付けるのをぼんやりと聞いた途端に私の脳内にぶわっと蘇る映像があった。


「ソレの名はバネッサだ。王家に1歳違いの王子が居たな。あれと婚姻させる。そのように育てろ」


「……………バネッサ」


 その瞬間、まるで堰を切ったように前世の記憶が蘇ったのだ。仕事で社畜をしていた日々と、そして私は何を隠そうオタクだったことを。

 元アラフォー社畜のオタク、四条令子。それが私の前世だった。そしてバネッサという名前に私は確かに聞き覚えがあった。この容姿にそしてカーラー公爵家。1歳違いの王子。

 ───────あ、これ神樹の森の乙女だわ。

 美麗なグラフィックと人気声優、王道ストーリーでそれなりに人気を博した乙女ゲームだった。神樹と呼ばれる樹を育むことができる存在である湖の乙女を主人公に五人の攻略対象キャラと共に学園生活を送ってゴールインするゲームだった。

 バネッサ・カーラーはその攻略対象の中でも王子であるアルフレッドの婚約者として登場する。ライバルとして登場した彼女はワガママで傲慢、絵に書いたような悪役令嬢として恋の邪魔をしてくるのが役割だ。

 バネッサが関係してくるルートは二つ、アルフレッドルートとそして彼女の弟であるロベルトルートである。ロベルトルートではバネッサは婚約者ではないものの、それでもかなり歪んだ愛情でロベルトに執着しているためやはり邪魔をしてくるキャラクターだ。

 他の宰相コルネリウスや騎士グレン、暗殺者麗蘭ルートならばまだいい。だがヒロインがこのアルフレッドルートとロベルトルートに進んだ場合、バネッサはとんでもない事になってしまうのだ。

 語るまでもない。ワガママで傲慢、民に重税を課して贅沢三昧で平民を見下している嫌な貴族の典型な恋のライバルの末路だなんて断罪イベントを経ての婚約破棄、そして不正発覚からの公爵家取り潰しの挙げ句に一家離散である。

 今の私のポジションはこのバネッサの母親。原作ゲームでは名前すら出ないモブだ。当然、バネッサが今産まれたのだからロベルトはまだ産んでいないことになる。

 ……やるべきことは一つだった。弟を産まない、というのは無理だ。私の中には確かにカーラー公爵夫人クラネット・カーラーとしての記憶もあるのだから娘を一人産んでもういいやと言えるわけがないことくらいわかっている。

 だったらそう、母親という立場を最大限に生かすしか無い。この子は悪役令嬢なんかにしない。洗練された一人の淑女として育て上げるのだ。平民へ隔てもなく接し、思いやりに溢れた立派な淑女に。

 神樹の森の乙女は私が生前ドハマリしていた乙女ゲームである。社畜として働いて手に入れたお金を惜しげもなくつぎ込んでやりこみ、隠しルートも全て網羅しセリフ一つ一つを諳んじれるレベルでやり込んでいた。この知識を生かし、アルフレッドルートとロベルトルートを避ける、これしかない。

 出来れば夫も調教して改心させ、不正行為をやめさせねば私の穏やかで平凡な夫人ライフは絶望的だ。それに、ヒロインちゃんのほうも注意しとかなきゃ。なにせ彼女が神樹を育てなければ魔王が倒せなくてバッドエンドになってしまう。ルートが確定した時点で神樹の精霊が目覚め、そして魔王を封印し大団円を迎える。それが神樹の森の乙女のグッドエンドだ。

 ……前世のことを思い出す。生前の私の推しはアルフレッドだった。美しい顔に甘い声、優しい性格の王子様だが実は過去のトラウマから闇を抱えておりクライマックスではその闇をヒロインにさらけ出してくるシーンは鳥肌モノだった。あまりのギャップに萌え死ぬファンが居たとかなんとか。

 前世も合わせれば私の精神年齢はゴニョゴニョだし、流石に恋心なんてものは枯れているけれど。あの推しが現実に会えると思うとオタクとしての私が喜んでしまう。

 ダメダメ、平凡な人生には流石に引き換えにはできない。なにせ彼はヤンデレな側面もある。ヤンデレルートに入ったが最後、カーラー家はバネッサどころか一家全員処刑である。悲しいが関わらないほうがいいだろう……。


 *


 俺は気づけば真っ白な部屋に居た。確かそう、俺は猫をかばってトラックの前に飛び出したはずなんだが。

 もしやここは病院なのか、しかし俺の身体はトラックに轢かれる前の綺麗なもんだ。どうなってんだ?

 混乱する俺に声を掛けてきたのは銀の髪の毛に真っ白な付け髭した幼女だった。現れた幼女は申し訳無さそうな顔をして俺に頭を下げてから衝撃的な事実を告げてきた。


「すまんのう、どうやらおぬしの寿命を間違えて死なせてしまったようじゃ」


 いや何してくれてんだ。まぁ独身の三八歳のおっさんで魔法使い寸前だった人生に何か未練があるかと言われればないけどそれはそれこれはこれだ。

 それよりも一つ未練を思い出した。


「なぁ、猫は助かったのか?」


 俺の問いかけに幼女は目を見開いていたが、やがてくすくすと声を上げて穏やかに言った。


「大丈夫じゃ。まぁ別におぬしがかばわなくとも死ぬ定めではなかったのじゃが……善行は善行、こちらの負い目もあるでな。

 これはこちらの誠意と詫びとでも思うがよい。生き返らせることはできぬが、変わりにおぬしは記憶を持ったまま異世界へと転生してそれを第二の生として貰いたいのじゃ」


「……異世界?」


「そうじゃ。剣と魔法で戦うファンタジー世界じゃぞ。もちろん、ただの人間では生き辛いからのう、サービスとしていくつか力を与えておくので楽しむがよい」


「そうか、ありがとう」


「うむ、おぬしの転生先におる魔法使いや賢者のような力ある人々は神樹というものを持っておる。おぬしにもそれが与えられるはずじゃ。力の大きさによって神樹の大きさも変わるので参考にするがよい」


「神樹、か」


「目を閉じよ、次に起きた時がおぬしの第二の生の始まりじゃ」


 目を閉じる。大きく息を吸い込んで、俺はゆっくりと意識を手放した。

 次に耳にだんだんと響いてくるのは赤ん坊の泣き声。視界はうっすらと膜が張っていてわかりにくいがこれも神様の与えてくれた力なのかそれでも徐々にクリアになっていく。

 俺を抱えているのは巨人だった。いや、俺が赤ん坊になったんだ。どうやら転生に成功したらしい……。


「すごい泣き声……元気な坊やですわね」


 金髪に赤い目をした美少女が俺を覗き込んでくる。若すぎるし母親ではないと思うんだが……。


「ほら、バネッサ。あなたの弟ですわ。ロベルトって言うの。

 仲良くしてあげてね」


「はい、おかあさま!わたしのおとうとですもの!」


 マジか、横から覗き込んでくるのはこれまた美幼女。俺を抱える美少女と同じく金髪に赤い目、見間違えるはずもなく親子だろう。

 じゃあこの人が俺の母親と姉なのか。見回す部屋もかなり豪奢な作りだし、もしかしたらかなり高位の貴族とかなんだろうか。

 思っていると、唐突に俺の母親らしき人が胸をはだけさせた。あ、そうですね俺赤ん坊ですもんね。これは合法、これは合法、念仏のように唱えながら赤ん坊としての本能を満たすことだけを考えた。

 俺の異世界ライフはこうして始まったのだった。


 *


 3歳の頃、転んで頭を打ち付けた拍子のことだった。私は唐突に思い出したのだ。

 この身体にはきっと負担が大きかったんだろう、私は3日ほど高熱でうなされることになった。

 私はバネッサ・カーラー。そして前世の記憶を持つ腐女子だ。そしてこの世界、間違いない。私が生前プレイして同人誌まで出す羽目になったBLゲーム、神子は神樹の元で乱れるである。ちなみにタイトルでお察しだがガッツリ18禁。

 バネッサはこのゲームで所謂当て馬令嬢なのだが、腐女子的にはコレ以上はないポジション。これを思い出した時私は思わずガッツポーズを取った。神様ありがとうございます。まさかリアルでバネッサになりたいというファンの間でのお約束コメントを叶えられる日がくるとは。

 神樹の守り人として精霊に選ばれた神子である主人公が6人の男に愛されるというストーリーなのだが、丁寧な心理描写に美しいスチル、声優の熱演、そしてまぁ18禁らしくお耽美なシーンもあるのだがこれが私好みでクソ萌えた。

 主人公が神子として選ばれるのは17歳の精霊祭でだ。ロベルト、ああロベルト。頬が緩む。マジ眼福。生まれてきてくれてありがとう。

 私が萌え千切った神樹の神子が成長するさまをこの目で見られるなんて私は多分ものすごい幸運にありつけたんだと思うっていうかありついてる。今はまだこのかわいい赤ん坊な弟がこれから成長して精霊に選ばれて神子となり、そして愛され系主人公となるのだ。

 私としては王道アルフレッドにコルネリウスに麗蘭、グレンとどのルートもいいのだがぶっちゃけ隠しルートの公爵ルートに進んでほしい。逆ハールートも捨てがたいけどやはりあの隠しルートが至高。

 冷徹な実の父親との禁断の愛、そして監禁調教から怒涛の伏線回収、実は公爵こそが魔王であることが発覚してからの国滅亡の世界征服エンドはもはやファンの間で伝説となっている。

 あのルートだと父ヴルトハイムは母親である公爵夫人をもう用無しだと処刑してしまうが娘バネッサはロベルトに執着していたせいで私とロベルトが結ばれるのをそこで指を咥えて眺めていろと二人の寝室で生かされることになる。さすが魔王。

 正直ありがとうございます以外に言いようがない。これぞ腐女子冥利に尽きる人生。

 仲良くしてあげてね、言いながらロベルトに授乳を始めた母に私は元気に返事をした。わたしのおとうとだし、何より神子です。仲良くしますとも!そして虐めます!めちゃくちゃ虐め倒します!!目指せ公爵ルート!!




 ”神樹守ニュース”


 ~本日の神樹守コーナー~

 四条令子(クラネット公爵夫人)編、安藤亮太(ロベルト・カーラー)編、伊藤カナ(バネッサ・カーラー)編一挙掲載。

 次回は太田強(ヴルトハイム侯爵)編、山口美奈子(アルフレッド王子)編を掲載予定。



 丸める前の新聞のコラムを読み進めるうちに私はあまりにも残酷な事実に気づいてしまいました。なんということでしょう。これは私の胸に生涯しまっておくことにいたしましょうね。身体は二十代前半中身は元アラフォーオタクの女性のおっぱいを飲んで嬉しがる中身三八歳のおっさんな赤ん坊とそして父親との禁断の愛を見たいが為国を滅ぼすルート選ぶ気満々の中身腐女子の姉などとなんという誰得なクロスオーバーでしょう。誰にとってもどこをとっても不幸でしかありません。

 それにいたしましてもそれぞれ私があの忌々しい生命体から聞き出した内容とかなり齟齬があるように感じられますね。クラネット夫人なる人物とバネッサなる人物はそも度し難い生命体に会ってすら居ない様子でございます。どうやらそれぞれ違うゲームの世界と思い込んでいる様子でございますが、しかしロベルタなる人物が会った神も私が会ったとんでもない生命体とおっしゃっていることがだいぶ違うようでございます。まぁこの残酷な事実を私も一生涯を口にせぬ覚悟でございますからそれには会わぬのが一番、というわけでどうでもよろしいことですね。

 相変わらず残りの半分は弟が書いておりましたようなよくわからない電波な日誌で埋め尽くされております。よくもまぁここまで完全再現出来るものでございますと感心しつつも本日の私の新たなる挑戦その1。布の生成でございます。お外を見れば地面に穴が開いておりましたから先日の私は多分溜池を作るつもりだったのでございましょうが、今日の私はなんと布を作ります。最近は明け方が冷えますからね。母より賜った麻の服だけではそろそろ不安になろうと言うもの、そのような理由で布を作るといたしました。今ある物資で作れる布となると限られておりますからここは一つアイヌの伝統的な手法による木の繊維から布を作り出すもので参りましょうね。綿花などというものは植えておりません。というわけでお外に出ましてあそーれと樹皮を剥がしてございます。こちらを水に付けまして、お外には水がありませんでしたね。終了。あのカエルの群生地である水場に行くには私ではまだ練度が足りません。私の挑戦はここで挫けそして挫折を味わった私はまた再び立ち上がるのでございます。頑張れ明日の自分。そのようなことを思いつつ就寝。新聞を読んで一日が終わった日とはそのように過ごすものでございます。








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