穴掘りでございます
ぱっさぁ、新聞を開きましてござます。外は久しぶりに晴れ間が覗いておりますし今日も良き内職日和でございますね。四十年前って今でございます。
”砂糖の発見により甘味文明開花!!コーネリア公爵婦人「蜂蜜はもう時代遅れ」”
”独裁国家ドグマ、周辺諸国との国交を断絶!!"
”錬成された金は全くの無価値、魔導研究者が発表!真泰国は反発”
相も変わらずよくわかりませんし、私には関係のないことでございますね。ですが砂糖はたいへんよろしいかと。私も糖分は好ましく思っておりますからね。このような森では甘味として期待できるのは蜂蜜と果物ぐらいなもの、よく考えましたら十分でございますね。野生の果物などは現代の果物に慣れた日本人には食べられたものではないと聞きますが、そこは慣れというものでございます。極論を言えばその辺の植物の茎でも甘みは感じられるというものでございます。戦時中の只中にあって甘味とはその辺に生えている植物が主でございましたからね。さぁ、今日も内職に励むといたしましょう。小屋の中は汚らしく、昨夜の私の仕業ではございましょうが、ドロがあちこちに塗りたくられているだけならまだしもそれが地面にべちゃっと落ちている様はどうみても草原の中に発見した茶色の宝石でございます。これは見た目が大変によろしくありませんよ。というわけで本日は掃除と洒落込みましょうね。新聞紙も届いておりますからおまけで頂いた洗剤もあるのです。使わねばもったいないというものでございます。ですがむき出しの大地に枝を積み重ねただけの壁では洗剤はまるで無意味でございますね。大人しく水でじゃぶじゃぶいたしましょう。雨続きで外の木桶は水でいっぱいですからね。道具棚には掃除用具もありましたから粛々とお掃除をするのでございます。勿論生前におきましてはベッドとパソコンとテレビの前を往復し続けるだけの日々、まさに部屋の大三角形を形成していた私は自らの部屋を掃除などとしてはおりませんでした。汚部屋が好ましいわけではなく部屋を掃除しておりますと動く気力のある真人間と思われてしまいますので極力避けていただけでございます。食事、排泄、掃除、睡眠、これが社会適合者の合格ラインに達してしまいますと彼らは一様にして私に更生する芽があると思い込んでしまい余計なおせっかいを焼こうとしてくるのでございます。なんという不要にすぎる親切。誰も真人間にしてくれなどと頼んではおりません。外に出て知識を学び働き恋愛をし結婚をし子供を作り老いて死んでいく、それが幸せなどと私はちっとも思っておりません。私は植物、いえ、彼らは大いに育ち大いに花粉を飛ばし大いに受粉し大いに種を作りますから私はその域に達しておりませんね。ミジンコかミトコンドリアかあるいはミカヅキモやその辺でございます。とは申せど彼らもその子孫を増やし栄養を取り必死に生きておりますから私はそれ以下も十分にありえます。というわけで部屋の掃除といったアクティブな行動は一切拒否っていた私でございますが当然の如く母にさせていたというわけでもございません。では汚部屋のままかと言われればそういうわけでもありませんのであしからず。私が所持しておりましたレトロなゲームやパソコンはよくよく弟に破壊されておりましたので、それを申し訳なく思ったらしい弟が壊れたレコーダーのようなことをピーガーと言い立てながら掃除に励んでいましたのでそれが私の部屋の主な掃除源でございました。何を言っているのかはわかりませんでしたが。さて、ごしごしと食料が入っておりましたズタ袋で泥を丹念に落としまして、地面には茶色の宝石にしか見えない泥団子が大量発生でございます。いい加減に床をなんとかしなくてはなりませんね。地面に直接転がるのも文明人として如何なものかと思われます。石を積み上げ粘土で埋めるか木を加工し材木で固めるか、何にしましてもそういった作業をするならばまず必要なものが水でございます。粘土を捏ねて焼くにしろお掃除にをするにしろお水が必要なのでございます。穴の開いた桶で水を汲んでくるのも大変なものです。折角近場に水があるのですから利用しない手はございません。小屋を建て直すならば石灰なども探さねばなりませんが、私のただいまの気持ちはお水にいっているのでございます。改めまして本日の内職はあの泉よりこちらへ水を引くことに致しましょう。水路とはチャレンジャーすぎる気も致しますがどう考えても必要な事でございます。長丁場となりましょうがそれもまた良い労働と言えましょう。スコップで只管に道を作ればきっとうまくいく筈でございますからね。努力と苦労と労働とはいつか必ず報われねばならないものなのでございます。悲しいかな生前過ごしていた折には苦労が報われるということは珍しいと言える程に過労死や胸糞まとめがネットやリアルに溢れておりましたがここで過ごすは私一人、私が諦めぬ限りいつか必ず報われる日が来ると信じてS子のこれからの未来にご期待下さい。さ、スコップでホリホリいたしましょうね。あるのは重く錆びたスコップでございますがこれでも金属でございますから手や木切れで掘るよりはよほどマシに違いはありません。お外に出まして広々とした我が庭を眺めまして、小屋より少し離れておりますが畑の横に決めました。ここをホリホリいたしましょう。あそーれと一刺し一掬い。鍬で畑を作った折にも思いましたが神様らしき方がくださった肉体強化はクソニートであった筈の私を筋肉痛から遠ざけちからたろうを名乗るに相応しい剛力にしているようでございます。なんという無駄なコスト。私にこのようなコストをかけて一体どうするというのでしょう。0に100を掛けたところで0は0、無意味で無駄、何の生産性も見込めないというのに何が楽しいのかちっともわかりません。ですが世の中には駅前のどう考えても詐欺でしかない募金に万札を入れる人間がおり、そして人が破滅していく姿を金を掛けてでも見たいという奇特な人種が実在する以上はきっと神様達にもそのような高尚な趣味があるのでしょう。ホリホリホリホリと掘り続けまして日が傾いて参りました。ですが穴は精々が2、3メートルほどで深さに至っては私の膝ほどしかありません。これではまだまだ足りないと申せましょう。もっともっとホリホリいたしましょうね。お腹も一鳴きしておりますが既に食料など底をついてございます。畑に植えた母より賜った種もまだ芽を出す様子もなく、仕方がありませんのでその辺のできるだけ若々しい雑草をもしゃもしゃとしておきました。私のさらなる躍進、母よご覧あれ。せっせと掘りましてスコップでパンパンと壁を叩きます。下も叩いて形を整えまして穴の周りには大きな土手が出来上がりましたがこれらは粘土にはなりそうもない畑向きな土のようでございますから後で小屋の裏に積んで残飯をマゼマゼしましょうね。壁に等間隔にえいえいと穴を開けまして、それを足場に上に這い上がりますればなんということでしょう。クズニートの私にしては立派な穴が開きました。ここから更に泉に向かって水路を掘りまして、その後は粘土で形を整えて石灰石を見つけ出して固めてしまえば立派なものになるに相違ございません。動画で見ましたから予習は完璧でございます。このような森の中ではございますが滝や岸壁、川もございますからどこかに石灰石はあるに違いありません。明日は石灰石を探す旅と参りましょうね。さくりとスコップを刺しまして、すっかりと日も沈んでしまいましたから本日の内職はここまでと致しましょう。ぼんやりと焚き火の明かりが漏れる小屋へと戻り、本日の日誌をしたためまして最後にスタンプカードを拝見。
ポンポンポンと小気味良く押された判子に本日の私はよく頑張りましたと自分を褒めてあげたい気分でございます。地面に転がりまして大の字になって就寝。極稀に誇らしげな気持ちになれた日とはそのように過ごすものでございます。